特集2020.05

気候変動問題に向き合う「垂直統合」から「分散ネットワーク」へ
再生可能エネルギーが地域にもたらすもの

2020/05/15
化石エネルギーを動力源とした社会は「垂直統合型」の社会を生み出した。だが、主要なエネルギー源が変われば、社会も変わる。再生可能エネルギーの発展は社会や地域をどう変えるのか。
田中 信一郎 千葉商科大学准教授

「炭素文明」と「垂直統合型」

人類は産業革命以降、化石エネルギーを動力源とする社会を築いてきました。今、私たちの生きている社会は、炭素エネルギーを基本に成り立っている「炭素文明」です。

石炭や石油、天然ガスといった化石エネルギーは、世界の一部に偏って存在しています。そうした化石エネルギーを動力源にした結果、何が起きたでしょうか。化石エネルギーを採掘し、加工し、そのエネルギーで機械を動かし、大量のモノを生産し、大量輸送する社会が生まれました。そうした社会では、エネルギー源や工場をはじめとした「資本」を一握りの資本家が所有するようになります。人々の暮らしも、農村部から工場のある都市での生活へと変化していきます。

資本家たちは、より多くの利益を得るために、生産から消費までのプロセスを一貫してコントロールしようとしました。その結果、生産から消費までの資本を垂直的に統合する「垂直統合型」と呼ばれる社会が生まれました。この動きは、現代に至って、究極的な段階まで進んでいます。ごく限られた少数の人々だけが巨大な資本を握っているのです。

原子力発電は「垂直統合型」モデルの究極的な産業だと言えます。原子力発電は、エネルギーの調達から加工、利用まで国家の介入を必要とします。国家レベルで巨大な資本を管理するモデルです。「炭素文明」ではこのように、国家と巨大な資本との結び付きが生じることになります。

分散ネットワーク型への移行

現在、急速に広がっている再生可能エネルギーは、これらとは異なる力学を持ったエネルギー源です。まず、太陽や水、風といった再生可能エネルギーの資源は、世界中のどこにでも存在します。設備はある程度必要ですが、小さい資本で利用可能です。

産業革命以降の「炭素文明」が「垂直統合型」モデルの社会を生み出したとしたら、エネルギー源が変われば社会のあり方も当然変わります。再生可能エネルギーの普及は、「分散ネットワーク型」社会を生み出します。資源が一箇所に集中するのではなく、分散しつつ、それがネットワークでつながる社会です。「垂直統合型」から「分散ネットワーク型」への移行は、再生可能エネルギーとICTの発展により、もはや不可避の動きだと言えるでしょう。

「分散ネットワーク型」社会は、都市集中型から地方分散型への転換を促します。これまで地方の経済政策は、大企業の工場を誘致し雇用を生むことが中心でしたが、「分散ネットワーク型」社会では、地域の内在的な資源とそこに住む人たちの力で自律的に発展する可能性を秘めています。

地域における温暖化対策

日本における気候変動、温暖化対策は、2000年代末に東京都で排出量取引制度が生まれ、2010年代には再生可能エネルギーの普及が進みました。2020年代は地域における脱炭素の取り組みが進むと考えられます。

これまで、再生可能エネルギーの導入を進めた自治体では、企業誘致の延長で再生可能エネルギーを取り入れた地域と、地域にメリットをもたらすことを目的に導入した地域とに分かれてきました。

前者は、メガソーラー設置に伴う乱開発で悩む自治体がある一方、後者は、地域主導で再生可能エネルギーの発電事業などを始めています。

具体的には住民や地域の中小企業がステークホルダーになり、地域の金融機関の投資などを受けて、株式会社や協議会を立ち上げ、再生可能エネルギーの発電事業を行うというものです。こうした事業は雇用をあまり生み出しませんが、その事業所得を投資した住民などに還元することができます。

もう一つ、近年は省エネ住宅の重要性が認識されるようになりました。高断熱、高気密の住宅への需要が高まっています。こうした住宅は、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを軽減するとともに、地域の工務店が高付加価値の住宅を提供できるようになるという点で複合的なメリットがあります。

点から面へとつなげる

ヨーロッパでは、地域分散型の再生可能エネルギーの導入によって、電力ビジネスが活発になっています。小規模で分散している発電所の電力をIoTで制御し、複合的に運転させるバーチャル・パワー・プラント(VPP、「仮想発電所」)が活用され、地域で発電した電力が市場の需給に合わせてリアルタイムで取引されています。VPPの特徴は、地域の小さな発電所や個人でも電力市場に参入できるようになることです。これによって地域における再生可能エネルギーの導入が促進されています。

欧州では、生産者と消費者を掛け合わせた「プロシューマー」という言葉が生まれています。再生可能エネルギーの発展によって、誰もが小さな資本を持つようになり、その資本を電力市場で活用するのです。こうして自律的で持続可能な地域の創出が進められています。

ソーシャルビジネスの手法

日本の地域での今後の課題は、一つ一つの点になっている取り組みを地域全体の取り組みへとつなげていくことです。

例えば、北海道のニセコ町は国の環境モデル都市に指定されています。昨年4月から動き出した第二次プランでは、住民の抱える課題の解決を持続可能な都市づくりにつなげることが重視されました。「SDGs街区」を整備し、温室効果ガスの排出量がゼロに近い街づくりをめざすとともに、高齢化に対応した街づくりもめざしています。将来を見越したインフラ整備と適度な行動範囲で生活できる環境づくりがポイントです。

再生可能エネルギーの発展によって、「分散ネットワーク型」への移行が進むと、地域の人たちが地域の問題を自分たちで解決する姿勢がより重要になります。そこでポイントとなるのが、ビジネスの手法を使うこと。ローカルビジネス、コミュニティービジネス、ソーシャルビジネスの手法を生かして、地域の人たちの力を引き出すことが重要です。

また、協同組合という法人格の活用もキーポイントです。協同組合という法人格では、事業活動で得た利益を組合員に還元できる一方で、出資者は出資額の多寡にかかわらず1人1票であり、民主主義原則が保たれています。再生可能エネルギー事業などのソーシャルビジネスを盛んにするためには、協同組合の活用が今後の課題になります。

脱炭素にこそ地域の未来

人口減少社会が避けられない日本にとって、地方の所得を高めることは欠かせない政策です。その新たな産業として再生可能エネルギーや、住宅など地域と密着した省エネ産業があります。

また、再生可能エネルギーを活用することで、追加の燃料費のいらない「限界費用ゼロ」社会に近づきます。それによって、インフラの保持費用などの社会コストをできる限り小さくする。そこにこそ地域の未来と可能性があります。高度経済成長のように大もうけできないかもしれないけれど、不景気でも大きく崩れない、安定した地域経済への転換。一極集中の「垂直統合型」から「分散ネットワーク型」への転換。脱炭素の持続可能な街づくりにこそ、地域の未来があると信じています。

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