特集2020.05

気候変動問題に向き合う技術よりしくみの問題
日本で再生可能エネルギーを広げるには

2020/05/15
日本で再生可能エネルギーをさらに普及させるためには何が必要なのか。求められているのは実は技術そのものではなく、日本のしくみを整えることだと専門家は指摘する。
安田 陽 京都大学大学院
再生可能エネルギー
経済学講座特任教授

世界の潮流から逆行する日本

私は今年、経済協力開発機構(OECD)加盟36カ国における1990〜2018年の石炭火力および再生可能エネルギーの導入率を国際比較した研究論文をまとめました。

図1を見てください。これは、国際エネルギー機関(IEA)がパリ協定を順守するためのエネルギーミックスの見通しを示した図です。見てわかるように、石炭火力を可能な限り減らしながら、再生可能エネルギーを主力に据えています。こうした見通しを描いているのはIEAだけではありません。

図2を見てください。この図はOECD加盟36カ国において、1990〜2018年にかけての石炭・再生可能エネルギーの導入率の推移を表したものです。矢印が右側に行くほど石炭火力発電の比率が高まり、上に行くほど再生可能エネルギーの比率が高まることを示しています。ほとんどの国の矢印は左方向を向いています。このことは、多くの先進国が石炭火力を減らし、再生可能エネルギーを増やしてきた「傾向」があると解釈できます。世界の潮流は「石炭の低減」と「再生可能エネルギーの増加」であることは明らかです。

ところが日本はどうでしょうか。日本の矢印は右側を向いています。こうした傾向があるのは先進国36カ国のうち日本と韓国の2カ国だけ。世界の中でも特異な傾向を示しています。これでは先進国としての責任を果たしているとは言えません。日本の国際的な発言力は弱まるばかりだと危惧しています。

図1 IEAによるエネルギーミックスの見通し
図2 OECD加盟36カ国の1990〜2018年にかけての
石炭・再エネ導入率の推移(C−Rマップ)
出所:京都大学再生可能エネルギー講座ディスカッションペーパー「OECD諸国はどのように石炭を削減し再生可能エネルギーを導入してきたか? ─石炭=再エネ指標の提案と分析─」

再エネを巡る意識のズレ

日本は、2030年の電源に占める再生可能エネルギーの比率を22〜24%とする計画を維持したままです。一方、EUや中国では2050年に再生可能エネルギーの比率を80%にまで高める計画すらあります。そういう世界のスピード感に日本はまったく追いついていません。

メディアでも再生可能エネルギーの国際的な動向が取り上げられることがあまり多くありません。日本ではエネルギー問題といえば原子力発電に注目が集まりがちですが、国際的には将来期待される原子力発電の比率は図1のように小さく、主要なテーマではありません。世界の主流は再生可能エネルギーをいかに広げるかです。

また、石炭火力発電からの投資撤退(ダイベストメント)に対する日本と海外との意識の差は非常に大きいと思います。さらに雇用に関しても危機感が薄いのではないかと懸念しています。例えば、企業活動における再生可能エネルギー100%をめざす「RE100」というイニシアチブが有名ですが、アップル社は自社設備だけでなくサプライチェーンにまで同様の取り組みを求めています。今後、国内の再生可能エネルギーが増えなければ、国外企業のサプライチェーンから排除される可能性も強まります。組合員の雇用にもかかわる話ではないでしょうか。

技術ではなくしくみの問題

日本では、再生可能エネルギーの導入を進めようとすると、「不安定」「高価格」などの課題がよく挙げられます。このような技術的な問題は、欧州では実は10年前にすでに解決しています。日本で再生可能エネルギーの導入が進まないのは技術的な問題のせいだと考える人は少なくありませんが、日本で再生可能エネルギーの導入が進まない本当の理由は、法律や行政のルールやしくみが整っていないことです。

例えば、日本では発電会社と送電会社を分離して、送配電網の公平な利用を担保する「発送電分離」が今年4月にようやく実施されましたが、欧米では約20年前から実施されています。小規模の発電所を複合的に運用するバーチャル・パワー・プラント(VPP、「仮想発電所」)も、ヨーロッパでは10年前に盛んに議論されたテーマです。

日本は、「要素技術」(=製品を構成する要素に関する技術)を生み出すことは得意で、最高級の部品を生み出すことはできるのですが、市場のしくみをつくることはとても苦手です。良いモノをつくっても、それを市場や法律のルールを整えて、人々に普及させることが苦手なのです。

「発送電分離」は再生可能エネルギーの導入と直接的に結び付く制度ではなく、電力市場の公平性を担保し、透明性を高めるための施策です。欧州では「発送電分離」と「電力自由化」によって市場が活性化し、規模の小さい再生可能エネルギーの事業者も市場に参加できるようになりました。その結果、IoTのような技術革新を利用したイノベーションが生まれ、再生可能エネルギーが広がりました。一方、既存の大手電力会社もこれに対抗する形でイノベーションを生み出していて、いい意味での競争が生まれています。

また、日本では、再生可能エネルギーの新規事業者の参入を阻むハードルとして、送電線の容量不足が問題とされることがあります。ただ、送電線の容量不足についても、日本では数値に基づいた十分な検証が行われているとは言えません。欧州では送電線の温度をITとセンサーで監視することで、一時的に100%を超える電流を流すような運用もしています。大切なことは、基礎的なデータを把握・検証することです。

電力市場の透明性と公平性

環境省の試算では、日本が潜在的に保有する再生可能エネルギーの資源は、日本が現在使用している電力量の約4倍にも上ります。資源は十分にあります。例えば洋上風力発電は、まだまだ進んでいません。

あとは再生可能エネルギーのコストをいかに安くしていくかです。実現可能性には、技術的な可能性と経済的な可能性がありますが、再生可能エネルギーは技術的な可能性はすでにクリアしています。あとは経済的な可能性をいかにクリアするかです。それも、しくみを整えれば十分に可能です。先進国では再生可能エネルギーの価格はどんどん下がっています。

今後、日本で再生可能エネルギーを広げていくためには、情報開示をはじめ、電力市場の透明性・公平性を十分に担保することが重要です。再生可能エネルギーの導入促進に向けて必要なのは、技術的な問題よりは、日本のしくみを変えることなのです。

科学的手法に基づく政策決定

日本で再生可能エネルギーを広がるために何が必要でしょうか。国外の環境団体やNGO、市民運動は、情報戦略、知財戦略にとてもたけています。集めた資金で大学やシンクタンクに研究を委託し、大企業すら持っていない情報を集めて、大企業と対等に政府へ政策提言などを行っています。

これは新型コロナウイルスへの政府の対応とも共通すると考えていますが、科学的な方法論に基づいて政策決定をしていくことが大切です。日本は「ものづくり」は得意かもしれませんが、「しくみづくり」が弱い。しくみづくりを科学的な手法に基づいて行う意識が、国全体で薄れている気がします。科学的な手法に基づいてしくみづくりをしていくことが、再生可能エネルギーを日本で広げるために欠かせません。

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