気候変動問題に向き合う新型コロナウイルスと気候変動対策
武漢と北京でCOVID-19を経験して見えた
労働組合の役割
一等書記官
COVID-19が明らかにした課題
COVID-19が猛威を振るう中、世界各国で医療崩壊が起こり、患者だけでなく医療従事者が命を落としています。治療薬とワクチンの開発、検査キットや備品確保など、医療体制が整うまでは、外出自粛により移動と接触を減らし、感染拡大を防ぎ、命を守ることを最優先すべきです。しかし経済の停滞を理由に、自粛協力はなかなか進みませんでした。
2015年に、地球温暖化とグローバル化により、新たな感染症が人類を滅亡に導くと予測した有識者が、持続可能な社会への変革を訴えました。が、「自分事」として行動する人は少なく、変革が進まない中、COVID-19が、既存の社会・経済システムが持続可能とは程遠い脆弱なものであることを浮き彫りにしました。
強制的に人の移動・経済活動を止めた国ではCO2の排出は激減しています。今、本気で新しい生活様式や経済システムを構築すれば、今後の気候危機の問題を防ぐことができます。が、コロナ収束後、従来の大量生産・大量消費に基づく経済のV字回復をめざせば、CO2排出量は増加し、地球温暖化と新たな感染症の誕生とまん延は避けられません。
持続可能社会への変革が実現できる人材育成を
私は、持続可能社会への変革を行うのに最適な組織は、労働組合だと思います。企業は、GDPなど既存の経済指標で測れる成果を短期で求められ、行政は担務が短期サイクルであり、大きな変革が困難です。一方、労働組合は目先の利益でなく、長期的に組合員の安心・安全を保障することを基本理念にしています。プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を認識し、情報労連21世紀デザインが定義する「経済成長至上主義から脱却した社会」、つまり大量生産・大量消費の経済からシフトした「人にも環境にも優しい社会」を構築する解決力を持った人材を育成し、根本的な社会変革を行うことが可能です。
現在、世界各国が持続可能な社会構築の基盤にしているのはSDGsです。これは労働組合が長年取り組んでいる運動内容と酷似しています。SDGsは、政労使が共通で活用している基盤なので、労働組合が国内外の各分野の専門家や市民と連携し、SDGsに基づいた議論や共同プロジェクトを推進し、持続可能な社会へのパラダイムシフトをけん引することが可能となります。
地球環境なくして、労働運動なし
労働運動の最大の課題は「当事者意識の温度差」だと思います。組合員全員の幸せのために、日々熱心に活動している方もいれば、意義を見いだせず義務として表面的にのみかかわっている人もいます。家族との時間や仕事の時間を割いて、労働運動に参加する意義を理解し、主体的・能動的に行動する人材の育成がかなわなければ、素晴らしい理念も気候変動対策も「絵に描いた餅」で終わります。
そのため、ストックホルム環境研究所が作成したSDGsウエディングケーキ・モデル(図1)を労働運動と研修の基盤にすることを提案します。最上層が「パートナーシップ」、2層目が「経済」、3層目が「社会」、基盤の層が「環境」であるこの4階層の基盤は、気候変動・海洋資源・陸上生態系・水と衛生です。
これを軸に、労働組合の第一義的役割である労働条件の維持・向上の追求と気候危機対策を視野に入れ、主体的・能動的に行動する人材育成研修と労働運動を展開すれば、個々の組合員の幸せな家族生活や仕事などすべての活動の基盤には、健全な地球環境の維持が不可欠であり、地球温暖化対策に本気で取り組み、成果を上げない限り、持続可能な社会や経済活動は成立しないことが共通認識になるでしょう。
世界中の専門家との連携を
当事者意識と解決力を持つ人材育成のため、労働組合が中心となる「SDGs研修プラットフォーム」の構築・運営を提案します。ポイントは以下の三つです。
(1)専門家と直接交流し、試行錯誤する場の提供
当事者意識と俯瞰の視点を持つには、国内外の専門家と直接交流し、試行錯誤する機会が必要です。SDGsの取り組みで成果を上げている北欧を代表とする欧米諸国等での取り組みを、少子高齢化を迎えた日本社会にカスタマイズする機会を提供します。
(2)つながり、行動する場の提供
NPO・NGOおよび企業とSDGsの共同プロジェクト立ち上げ、実際に行動します。組合員をはじめ、市民のアイデアを産官民と協力し、実現することで、より多くの人が持続可能な社会のために行動変革することを可能にします。また労働運動で実践します。
(3)持続可能な研修と労働運動の展開
定期的に研修を行い、各プロジェクトの進捗や労働運動の実践で気付いたことをもとに検討・改善を続けます。常時アクセスできるデータベースを設置し、情報を収集・発信する環境を提供します。
今ある世界でなく、あるべき世界へ
私は北京の大使館に駐在しているため、COVID-19の発生により、想像もしなかった変化を経験しています。武漢のある湖北省の封鎖に伴い、すぐに大使館で邦人救出チームを結成しました。感染がまん延する中、日本の約半分の面積がある湖北省に点在する約800人の邦人を無事救出するには、素早い判断と行動が不可欠でした。北京でも、水道や電気など最低限の生活インフラを維持する企業以外はすべて閉鎖され、学校教育も生活もオンラインに切り替わりました。
既存の経済活動や移動が強制的に制約された結果、大気汚染が解消され、青空が戻りました。当面不可能とされていたCO2削減もかないました。
世界に目を向ければ、個人で3Dプリンターで廃棄プラスチックを使って、人工呼吸器や防護マスクを作っている医療従事者、ドローン配達を始める店、Wi-Fi完備の部屋をリモートワークや勉強のために貸し出すホテル経営者など、問題解決のために行動変革できる市民がいることを実感します。
グローバル社会ゆえ感染症がまん延するリスクはあるけれど、グローバル社会だから、世界中の個々人が協働し、不可能だったことを可能にできる世界に私たちは生きています。今こそ、多種多様な専門性や価値観を持った市民から構成される労働組合が中心となり、持続可能な社会構築を実現しましょう。