トピックス2020.08-09

新型コロナウイルスの影響高まる自殺リスク
自殺に至るプロセスの上流での対策が必要

2020/08/17
新型コロナウイルスの感染拡大が経済に深刻な影響を及ぼしたことなどによる自殺リスクの高まりが懸念されている。どのような対策が求められているのか。自殺対策に長年取り組んできたライフリンクの清水代表に聞いた。
清水 康之 特定非営利活動法人
自殺対策支援センター
ライフリンク代表

高まる自殺のリスク

今年1〜6月までの自殺者数は、前年の同じ時期に比べて約1割減少しました。しかし、私はこれを自殺リスクの低下とは捉えていません。実際にはむしろ高まっていると捉えています。

災害直後の自殺者数は減る傾向があります。命の危険を感じることで本能的に身を守ろうとしたり、危機を一緒に乗り越えようとする連帯感が生まれたり、災害が結果として生きることを後押しする方向に作用することがあるからです。

また、生きづらさを感じていた人からは「ホッとした」という言葉も聞きます。社会全体が苦しい状況になったことで、それまで生きづらいのは自分だけだと思っていたのが、そうでなくなってホッとしたと。災害直後にはこのように自殺念慮を抱える人を生きる方向にとどまらせる一定の力が作用します。

しかし一方で、現状では自殺のリスクは高まっていると捉えるべきです。例えれば、コップの水が表面張力によってこぼれずにやっととどまっているような状態です。何をきっかけに決壊するかわかりません。

自殺は、平均して四つの悩みや課題が連鎖する中で起きています。ライフリンクが、自殺で亡くなった523人に関して行った調査で明らかになりました。例えば、「失業→生活苦→多重債務→うつ状態→自殺」といったように、経済的な問題が仕事や暮らし、場合によっては家族の問題や心の健康の問題となり、命の問題になっていくということです。現在の社会状況は、四つの要因のうち、三つくらいが重なってきています。そのため、自殺のリスクは高まっていると捉えるべきだと思います。

必要な支援とは何か

日本の自殺者数は1998年に、前年から8000人も増加して3万人を超えました。その大きな理由は前年の金融危機です。経済状況の悪化に引きずられて自殺者数が急増しました。

日本社会では、経済的な問題が命の問題に直結しがちです。過去の経験から学べば、今回も同じ事態に陥りかねません。しかし、そのリスクを想定できるからこそ、対処することもできます。

自殺のリスクに対処するには、四つの要因が連鎖する際の「上流」で対応することが重要です。例えば、自殺に至る最初のプロセスが経済問題であることは少なくありません。そのため、失業防止や失業した際の生活支援といった経済対策は自殺対策にもなり得ます。できるだけプロセスの上流で要因の連鎖を食い止めることが重要です。

一方、経済対策を充実させても、制度のはざまに落ちる人は必ず出てきます。そうした人たちへのサポートも欠かせません。

今、行政の生活支援の相談窓口には人が殺到しています。その中には自殺リスクを抱えた人もいるはずです。そこで、要因の連鎖に先回りをした支援を展開することが重要です。例えば、窓口で、様子がおかしいなと感じた人に支援情報を提供したり、順番を待っている間に保健師が声を掛けて支援先を紹介したりする。状況が悪化して相談に来るのを待つのではなく、問題を抱えている人が訪れる窓口で、こちらからアウトリーチすることが大切です。

とはいえ、行政の窓口も今は手続きで手いっぱいです。国の交付金を活用し、心理士等を新たに配置するなど、民間とも連携した取り組みが求められています。

「コロナ」で浮かんだ課題

自殺対策は2006年に自殺対策基本法が制定され、2016年の改正では、すべての都道府県および市町村に自殺対策計画の策定が義務付けられました。自殺はかつて個人の問題とされてきたので、生きるための支援として計画策定が義務化されたことは大きな前進です。

ただ、計画を策定していない自治体もまだあります。さらに、計画の実効性を高めるためには、自治体トップのリーダーシップが重要です。地域によって対策のターゲットは異なります。自治体の特徴を踏まえた実効性ある対策を立案する必要があります。

全国共通の課題は、若年層の自殺問題です。自殺者総数はこの10年間で減っているものの、若年層の自殺者数は横ばいで、10代はむしろ増えています。

今回、休校が長期にわたったことで児童生徒の自殺リスクも心配です。文部科学省は5月27日、自殺リスクの高まりに備えるとして、全国の教育委員会に注意深く、子どもの変化を見守るよう通知を出しました。

新型コロナウイルスへの対応は、これまでの対策と違って、人と人との距離を取らなければいけません。高齢者が孤立を深めたり、支援が必要な人が支援者とつながれなかったり、リスクが高まりかねません。孤立しかねない人に対して支援を強化する必要があります。

支援する側も、活動を縮小や休止せざるを得ない事態に追い込まれました。遺族が集まって語り合う「分かち合いの会」の多くも開催できない時期がありました。

自殺対策支援に取り組む団体で、自殺対策支援ネットワークを設けていますが、今回の事態を受けて協力関係をより深めることにしました。相談員の募集や研修を共同で行うことにしています。

自己責任論は変わったか

この10年間で見ても、自己責任の風潮は強まっていると感じています。自殺対策基本法やその後の改正も、自己責任の主張が強まる中で、何とか実現にこぎつけたというのが実感です。

日本社会における自己責任論の強さは、自殺に追い詰められる人たちの言葉などを聞いていて感じます。自殺で亡くなる人の中には、「仕事を失って自分は親として失格だ」「いじめを受けて不登校になり親に迷惑を掛けている」のように、自分が弱い立場に追いやられたにもかかわらず、そのことで自分を責めてしまう人が少なくありません。

それは、立場の弱い人に対する社会のまなざしが冷たく、その冷たいまなざしを立場の弱い人たち自身が、自分の価値観として内在化させてしまうからだと思います。そういうまなざしを強いられる人が減り、「弱さを共有し、互いに支え合おう」と、弱い立場にある人たちが素直に言えるようになってようやく、日本社会における自己責任論が弱まったと言えるようになるのだと思います。

今回の事態の中であえてプラスに働いたものがあるとすれば、人々が思いを寄せ合う必要に迫られたことだと思います。例えば、マスクをしながら会話するには相手に聞こえるように話したり、相手の話に注意深く耳を傾けたりと、気遣いが求められます。不便な状況だからこそ、そうやって互いが心を寄せ合うようになっている部分もあると思います。

自殺対策について言えば、社会全体の理解がなければ前進しません。社会の中で困難を抱えた人を支援したり、そうした状況に陥らないようにしたりすることが、回り回って誰にとっても生きやすい、「生き心地のよい社会」をつくる。そういうメッセージを多くの人が実感できるように、自殺対策の活動を進めていかなければと考えています。あまりにも自己責任論が広がりすぎたことで、それに異議を唱える人が増えてきたと思いますし、その意味で、さまざまな社会運動にかかわっている人たちとのつながりも強めながら、「生き心地のよい社会」をつくるための取り組みとして自殺対策を進めていきたいと思います。

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