LGBTとハラスメント── (1)『LGBTとハラスメント』
知っておきたい「勘違い」とは?
事務局長
SOGIハラは職場の問題
「LGBT」という言葉を知っている人は増えていますが、どのような実態や課題があるのかは、まだ十分に伝わっていません。
特に性的指向や性自認、つまり「SOGI」(Sexual Orientation and Gender Identity)の課題が、職場の問題だと捉えられていないことにハードルを感じています。SOGIの課題は、ハラスメントだけではなく、解雇や退職勧奨、人事評価や異動、福利厚生など労働条件全般にかかわる職場の問題です。SOGIの課題は、プライベートの領域だという人もいますが、まさに労働組合の本丸の活動だと知ってほしいと思います。
実際、当事者が悩みを抱えたまま休職や退職に追い込まれるケースは少なくありません。場合によっては訴訟に発展することもあります。職場にLGBTの当事者がいないと思っても、家族や友人に当事者がいて、理解のない発言に嫌な思いをする人は増えています。
当事者が職場にいるか、いないか、カミングアウトしているか、していないかにかかわらず、職場での対応を進める必要があります。
よくある勘違い
今年7月に出版した、松岡宗嗣さんとの共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)では、「LGBT」へのよくある勘違いを事例を使って説明しました。
最近では、「ホモ」や「レズ」のような差別的な言葉を使ってはいけないという認識は広がりつつありますが、会話などの文脈の中に現れるハラスメントには、まだまだ注意が必要です。
例えば、飲み会の最中に「お前、LGBTなんだってな」と笑う。言葉は中立的なものを使っていても、会話の文脈では侮蔑的な意味を込めて使われているケースです。NGワードを言わなければいいというわけではなく、文脈的にハラスメントになっていないかが大事です。
また、「私は気にしないから」という言葉は一見、ポジティブに感じられますが、「気にしないから現状のままでいい」という意味では思考停止につながります。LGBT法連合会では当事者が何に困っているかのリストを作成しました。そうした情報を参考に何がハラスメントにあたるのか、理解をアップデートしてほしいと思います。
アウティングはハラスメント
企業の人事担当者から、「LGBTの当事者向けの仕組みを整えても、カミングアウトする人が出てこない」という相談を受けることがあります。セクシュアルハラスメントでも、相談件数が少ない場合、相談窓口が信用されていないからというケースは少なくありません。カミングアウトもこれと同じです。当事者にとってカミングアウトすることは生活環境を一変させかねない非常に重い決断です。相談窓口や労働組合が信頼されるようになるためにはある程度の時間がかかるものなのです。
6月に施行された「パワハラ防止措置法」は、性的指向や性自認を本人の同意なく第三者に暴露する行為「アウティング」をパワーハラスメントにあたるとし、企業に防止措置義務を課しました。
そもそも、LGBTの当事者と非当事者との間には、アウティングを巡る認識にずれがあります。アウティングは当事者の命にかかわる問題になり得ます。その重みを非当事者が理解するためには、当事者がなぜカミングアウトできないのかを考える必要があります。
当事者が簡単にカミングアウトできないのは、それによって差別的な扱いを受ける恐れがあるからです。自分が当事者だと明らかになることで、ハラスメントを受けたり、労働条件が不利になったりする。その可能性があれば、カミングアウトは簡単にできません。当事者の置かれた状況を想像する必要があります。
他方、当事者にとってカミングアウトをしないことは、日常の雑談や休暇の申請などあらゆる場面で、話題をコントロールしなければいけないということです。休日に誰とどこにいったのか、そんなことも言葉を選びながら話さなければいけません。私たちの研修では、同性のパートナーと過ごした週末の出来事を、異性カップルに主語を転換してエピソードを話してくださいという課題を出しています。すると小さな会話の中にも落とし穴があることが体感できます。
当事者はカミングアウトするにしても、個々の関係性からそれを判断しています。カミングアウトを受けた側が、「私に言ってくれたから、みんなも知っていると思って話してしまった」という形でトラブルになることもあります。アウティングが法的にハラスメントに当たるということは特に強調しておきたいと思います。
人事・労務制度への反映
そうした中で、性的指向や性自認を差別するようなハラスメントやアウティングを防止する「パワハラ防止措置法」(改正労働施策総合推進法)が6月から施行されました(中小企業は2022年4月から)。
事業主には、パワハラ防止のための雇用管理上の措置義務として、就業規則への反映や相談窓口の設置など10の項目が設定されています。
ポイントとなるのは、相談対応とプライバシー保護です。二次被害を生まない相談対応が必要ですし、性的指向、性自認という機微な個人情報を取り扱うことになるため、高いレベルでのプライバシー保護が求められます。
相談で得た情報については、誰にどこまで伝えていいのか、その都度、本人の同意を得る必要があります。労働組合の役員の皆さんも継続的に研修を受けることが望ましいでしょう。
研修などを受けた人が、「アライ」(性的マイノリティーを理解し支援するという考え方やその考えを持つ人)となって、それを表明することは、理解者の可視化につながり、相談しやすい環境づくりにつながります。
人事・労務制度にLGBT関連の施策を反映させるためにまず重要なのは、「土壌」をつくることです。就業規則や労働協約で、性的指向や性自認による差別の禁止規定を設けることが第一歩です。
その上で、差別禁止の規定に照らして、同性パートナーでも福利厚生を利用できるようにするなど、制度を一つずつチェックしていくといいと思います。
制度を整えても、当事者からすれば申請自体がカミングアウトにつながります。そのため直属の上司を通さず人事部に直接申請できるようにする、電子決済を活用するなどの工夫が求められます。また、「ファミリー休暇」のように事由の詳細を明かさずとも取得できるように制度を調整する方法もあります。
労働組合への期待
現状では、LGBTの当事者から「労働組合に相談して大丈夫か?」という声が伝わってきます。飲み会や日常の会話の中で差別的な発言などがあれば当事者は警戒して相談できません。カミングアウトする、しないにかかわらず、当事者が安全な場所であることが組合活動にも求められます。
労働組合にとってLGBTに関連する施策は、個別のニーズに対応する取り組みに見えるかもしれません。しかし、安心して働ける職場をつくっていくのが労働組合の役割です。真摯な取り組みが、組合への信頼向上や組織強化、ひいては組織率にもつながります。職場を変えるためにも一過性のブームに終わらせず、継続的な取り組みを期待しています。