どうなる?携帯電話料金日本の携帯電話料金は高いのか?
比較の基準は多面的
国際競争力につながる政策を
ICTリサーチ・コンサルティング部
上席主任研究員
日本の料金は高い?
携帯電話料金に関しては、総務省が毎年度、「電気通信サービスに係る内外価格差調査」(内外価格差調査)という調査を実施しています。携帯電話や固定通信の料金などのサービスについて、ニューヨークやロンドン、パリ、ソウルなど6都市と比較する調査です。
この調査に基づいて「欧米では2017年度までの3年間で6〜7割下がった」とも報道されてきました。ただ、その数値については額面通り受け止めるのではなく、比較の方法やユーザーの携帯電話の利用実態などを詳しく見ていく必要があります。
今年6月発表の「内外価格差調査」では、「東京の支払額は、2GB、5GBでは中位の水準、20GBでは高い水準となっている」と記載されています。また、「7割下がった」というのはおそらくは2GB利用向けプランでのドイツテレコムの推移を指していると思われます。
しかしこの中身を見てみると、実はドイツテレコムは2014年以降、ほとんど値下げをしていません。
欧米ではデータ容量に合わせて「S」「M」「L」のような料金体系の国が一般的です。2014年ごろ、欧米で5GBを使うユーザーはハイエンドユーザーであり、上限5GBの料金プランは最上位プラン「L」でした。しかしその後、動画視聴の普及などにより、消費データ量が増えていきます。通信事業者は市場競争の中でデータ容量の引き上げに動き、「L」プランは10GBに増量され、2018年には上限無制限の最上位プラン「XL」が「L」の上に追加されます。
こうした中、5GB利用ユーザーに最適のプランは、2014年には「L」でしたが2018年には「M」プランになりました。ハイエンドユーザー向けのプランと、中位ユーザー向けプランを比較しているだけで、大幅な値下げは行われていないのです。東京が高いとされている20GB利用向けプランでは各国で大きな価格変動は見られず、むしろソウルのように値上がりしているケースもあります。
利用方法や品質の違い
このように携帯電話料金の比較には、サービスの利用の仕方や通信の品質という側面からの注意が必要です。例えば、同じ20GBモデルを利用していても、日本と他国では利用の仕方が異なります。地下鉄に乗っている時に電波がつながらなければ、その分、通信をする時間が少なくなり、パケット消費は少なくなります。また、通信速度が速ければ、高解像度の動画を観賞できるのでパケットが増えますが、通信速度が遅ければパケットの使用量は少なくなります。同じ20GB利用モデルを想定しても、通信環境によってユーザー体験が異なるということです。例えて言うと、同じ車を所有していても、ドイツと日本では製品の使い方が異なるということです。ドイツではアウトバーンで無制限にスピードを出せても、日本ではできません。同じ製品を持っていてもユーザー体験の比較は難しいのです。
また、通信品質という側面でも各国で違いがあります。各国のモバイル通信の品質比較を手掛けるオープンシグナル社の報告書(「GLOBAL MOBILE NETWORK EXPERIENCE AWARDS 2020」)によると、日本の大手キャリアは、動画視聴や音声品質、ダウンロード速度など五つの項目のうち、アップロード速度を除いて、すべての項目で上位にランキングされており、特に4Gへのつながりやすさは高く評価されています。日本の通信品質は国際的に見てもやはり高いと言え、料金を比べる上でも、品質という観点も考慮する必要があります。
ユーザーへのインパクト
もう一つ、料金を比較する上で考慮すべき観点は、各国の生活水準です。
携帯電話料金は、提供事業者が利用者の生活水準に合わせて設定しています。国民の生活水準に合わないような高い料金を設定しても、そのサービスを利用する人がいなければ意味がありません。仮に他国の料金が安い場合、利用者がそうした料金設定を選んでいるとも言えます。
携帯電話料金を下げるという場合、安いプランをつくるのか、ハイエンドのプランを下げるのかでは、視点が異なります。どういうプランをつくるかで消費者への影響も変わってきます。
安いプランという意味では、日本でもMVNO事業者や大手キャリアのサブブランドがすでに展開しています。サブブランドの場合、メインブランドと同じ店舗で販売している場合もありますが、消費者がそちらを選ぶとは限りません。消費者がどういうサービスを選ぶかは、値段だけでは決まりません。そこには、事業者の販売戦略もあり、簡単には割り切れません。
今後、料金プランの見直しの動きが予想されますが、どういった層のユーザーに影響があるのかを見極めるなど、ユーザーへのインパクトも考慮されるべきです。
設備投資と国際競争力への影響
NTTドコモの売上高は約4.5兆円。このうち約5700億円を設備投資に当てています。他のキャリアも売上高の10〜15%くらいを設備投資に当てています。
携帯電話料金の値下げ議論では、携帯電話会社の利益率の高さに注目が集まっていますが、料金値下げで売上高が減少した場合、こうした設備投資額に影響する可能性があります。キャリアの設備投資は、通信建設会社をはじめ、サプライチェーン企業の売上につながるため、業界全体への影響は大きいと言えるでしょう。5G投資への影響も注視する必要がありそうです。
また、今後は国際競争力がキーワードになるのではないかと考えています。NTTによるNTTドコモの完全子会社化は、国際競争力の強化も狙いの一つとされています。「GAFA」などの巨大IT企業との競争などに照らして、今回の値下げ議論がどのように影響するかを見極める必要がありそうです。避けたいシナリオは、値下げによって通信キャリアの体力が低下し、国際競争力も下がってしまうことです。値下げもしつつ、国際競争力を上げるといういい流れを生み出せるかがポイントです。値下げを目的にせず、国際競争力の向上の結果、値下げにつながるというシナリオが最善ではないでしょうか。
通信は、もともと国営から始まったため、通信政策は民営化や新規参入という競争政策が図られてきました。その意味で楽天の新規参入は、これ以上ない強力な政策手段だったと言えます。料金はこうした市場競争を色濃く反映させるものであり、その料金水準を理解するにはさまざまな観点があります。「高い」という言い方だけでは、実態と乖離してしまう懸念があります。掘り下げた議論が求められます。