特集2021.10

交渉のツボ!
──労使交渉から目標管理制度まで──
ベテラン労働弁護士に聞く
労使交渉の法的意義と核心

2021/10/13
「労使交渉」という交渉の特性はどこにあるのか。法律は労使交渉をどう捉えているのか。労働組合運動をサポートしてきたベテラン労働弁護士に「労使交渉」の核心を聞いた。
宮里 邦雄 弁護士
元日本労働弁護団会長

労使関係の特質

労働者と使用者の間には社会的・経済的な格差が存在します。労使関係とは、非対等な関係です。使用者は労働者に対して、優越的な立場にいる。この点に労使関係の本質があります。

雇用や労働条件にかかわることは労使の当事者の合意によって成立する。これが原則です。しかし、現実的には、使用者の優越的地位の下では、対等な交渉による合意は難しく、使用者の一方的な決定による「強いられた合意」になる可能性や、労働者の権利が侵害される可能性が常にあります。労働者個人と使用者という個別的労使関係では特にそうです。

こうした個別的労使関係の非対等性・交渉力格差を克服するために、団結を背景とする集団的な労使交渉があります。集団で交渉することによって、労使の関係を対等に近づけようとすることに、集団的労使関係の意味があるのです。

労働基本権の意味

日本国憲法28条は、いわゆる「労働三権」を保障しています。このうち、団体交渉権は、労働基本権の中核的な権利です。

1968年の三井美唄炭鉱労組事件の最高裁判決が、労働基本権の意味について、簡潔にわかりやすく述べています(下記事参照)。

この最高裁判決が示すように、憲法が団結の力を利用した交渉を権利として保障していることには、大きな意味があります。こうした権利が法的に保障される前は、労働者が団結して賃上げを求めると使用者に対する強要罪にされていたり、ストライキをして企業活動にダメージを与えると業務妨害に当たるとして損害賠償の対象になったりしていました。立場の弱い労働者が連帯して使用者と交渉する権利は、基本的な人権として憲法で保障されているのです。

三井美唄炭鉱労組事件
(1968年12月4日最高裁判決)(抜粋)

労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてその利益を主張し、これを貫徹することは困難である。そこで、労働者は多数団結して労働組合等を結成し、その団結の力を利用して必要かつ妥当な団体行動をすることによって、適正な労働条件の維持改善を図っていく必要がある。憲法28条は、この趣旨において、企業者対労働者、すなわち使用者対被使用者という関係に立つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権および団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものである。

労働条件決定と団体交渉

憲法で保障された権利は、実際の労働条件決定の場面にも反映されています。

労働条件を決定する仕組みには、(1)個人の同意に基づく労働契約(2)使用者がつくる就業規則(3)労働組合と使用者の合意に基づく労働協約──があります。このうち最も強い効力を持つのが、労働協約です。労働協約で定めた事項は、個人の同意や就業規則で定められたルールよりも優先されます。日本国憲法そして労働組合法は、労働条件決定において、集団的な合意に最も強力な効力を持たせるという形で、労働基本権を保障しているのです。

欧米では、集団的労使関係による合意、すなわち労働協約が非常に重視されていて、「協約なければ労働なし」という言葉もあります。「労働組合との合意がなければ働かないよ。労働組合との合意があって初めて働くんだよ」ということを端的に表現したスローガンだと思います。

また、団体交渉には、経営のチェック機能という役割もあります。使用者は、団体交渉を通じて、現場の声を把握することで、健全な経営を果たせるのです。

さらに言えば労使交渉の持つ意味はこれだけではありません。

例えば、整理解雇。「整理解雇4要件」の一つは、労働者や労働組合への説明がちゃんとなされたかです。

また、労働条件の不利益変更についても、労働者への説明や労働組合との交渉が必要であり、これらを欠く労働条件の引き下げは無効になります(労働契約法10条)。

このように、労働組合との交渉は、整理解雇や不利益変更に歯止めをかけるための重要な役割も担っており、さまざまな労働条件決定の仕組みの中に具体的な形で埋め込まれています。労使交渉は、労働条件を底上げするという積極的な側面がある一方で、労働条件の切り下げに歯止めをかける防衛的な側面においても、重要な意義があるのです。

後退する集団的労使関係

憲法や法律はこうした形で、労使交渉の権利を保障していますが、その権利が、実際の労使関係の中で実効性あるものとして機能しているかが今日的な課題です。

労働組合の組織率が低下し、団体交渉権が行使される場面が減っています。このままでは、憲法で保障された労働基本権が、「宝の持ち腐れ」になってしまいます。団体交渉権の認知を高め、行使される場面を増やす必要があります。そのためには、労働組合が団体交渉権の機能をもっと「見える化」する必要があります。とりわけ、働く人の4割を占めるようになった非正規雇用労働者に対する取り組みが欠かせないでしょう。

労使交渉の肝

交渉はきれいごとばかりではありません。どこかに交渉の「落とし所」があり、労働組合の力量などを考慮して総合的に判断する場面が出てきます。その中で大切にしてほしいのは、使用者の不当な対応に対しては抵抗してほしいということ。使用者による不当労働行為の「やり得」を許してはいけません。

「交渉術」のようなテクニック論を学びたいという人もいるかもしれませんが、まずは、自分たちの要求に確信を持つことが大切だと思います。「自分たちのやっていることは正しい」「労働者が求めていることだ」。そういう確信を持てれば、テクニックはあとからついてくるのではないでしょうか。最大の問題は、労働組合が自分たちの要求に自信を持てるかどうかです。

団体交渉も交渉事の一つです。ですから、譲歩することも当然あります。10の要求のうち、2とか3しか通らないかもしれない。

それでも、今回はなぜここまでしか達成できなかったのか、何が足りなかったのか。次のステップはどうするのか。そういう次につながる行動をとることが必要です。

労使関係は継続的なものであり、1回の交渉で終わりではありません。労使関係は、その後も長く続きます。中・長期的な視点に立って労使関係を形成していく視点が欠かせません。

労使交渉における「勝利」とは

労使交渉、団体交渉における「勝利」とは何でしょうか。労働運動に長年かかわってきて、私が思うのは、法廷闘争で勝ったとしても、労働組合がつぶれてしまえば意味がないということ。組合が消滅してしまえば、それは敗北ではないでしょうか。

労使交渉における「勝利」とは、そうではなく、闘争を通じて組合員の意識がどれほど高まったか、仲間との団結力がどれだけ強まったか、それが「勝利」したかどうかの視点だと考えています。

労働者の権利を守るために必要なこととして、私は労働者の自立と連帯が大切だと述べています。労働者自身も自分の権利について学び、それを行使する意識を持つ。そういう自立的な労働者になる必要があります。

しかし、自立だけでは立ち向かえません。自立した労働者が結集して、連帯することが大切です。自立と連帯の両方が相まって労働組合は強くなるのです。

「神と労働組合は自ら助くるものを助く」。イギリスの労働組合運動の格言です。労働組合が自分でどれだけ団結強化のために努力するか、そのことで労働組合の役割が強まります。皆さんの今後の活動に期待しています。

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