特集2021.10

交渉のツボ!
──労使交渉から目標管理制度まで──
「コミュニティ・オーガナイジング」を生かす

2021/10/13
組織や社会を動かすためには、仲間との関係構築が必要だ。どうすれば、仲間のリーダーシップを引き出せるのか。そのためには、自らのストーリーを語る必要がある。
安谷屋 貴子 特定非営利活動法人
コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン代表理事

ストーリーを語る

コミュニティ・オーガナイジング(以下、CO)とは何かを説明するとき、童話『スイミー』にたとえてよく紹介しています。一人ひとりの力は小さいけれど、力を合わせれば大きな力を発揮できる。主人公の魚「スイミー」は、他の仲間と体の色が違うのですが、その違いがむしろ強みになってチームの中で役割を発揮できる。COとはまさにそういう手法です。

COは元々、20世紀初頭に社会的弱者の声を届けるための実践として生まれました。キング牧師やガンジーのような、歴史上の偉大なリーダーも、一人で変化を成し遂げたわけではありません。活動を通じ、たくさんのリーダーを育ててきました。このことが非常に重要です。

つまり、目標を達成するためには、一人の行動だけではなく、仲間の行動を引き出すことが不可欠です。どんなに良い戦略をつくろうとも、後ろを振り返ったときに誰もついてこなければ、その戦略は成功しません。どうしたら仲間のリーダーシップを引き出せるのか。私たちのワークショップでは、そのための行動を五つのステップで学んでいきます。

その最初のステップが、「ストーリーの共有」です。

人が行動を起こすためには、論理的な共感だけではなく、感情的な共感も必要です。その感情とは一過性のものではなく、もっと長い目で見たときに、その人が大切にしている価値観です。それを相手と共有できれば、相手のリーダーシップを引き出すことができます。

相手とどうやって価値観を共有するのか。そのためには、自分がどういう価値観に突き動かされて行動しているのか、そのストーリーを自分の経験に照らしながら相手に語ることが必要です。例えば、選択的夫婦別姓制度を求める運動をしている場合、自分がなぜそれがない社会を許せないと思うのか、過去の経験を振り返りながら語るということです。

五つのステップの最初である「ストーリーの共有」では「パブリック・ナラティブ」を語ることをめざしますが、これは私の価値観を伝える「ストーリー・オブ・セルフ」、私たちが共有する価値観を伝える「ストーリー・オブ・アス」、行動の緊急性を伝える「ストーリー・オブ・ナウ」からなり、ワークショップの中で体験学習します。

このようにCOでは、1対1の関係でストーリーを共有した上で、チームを構築し、戦略や目標を構築していきます。そのベースには、まずストーリーの共有があることがポイントです。

安心して語れる環境づくり

国内でワークショップをすると「自分のことを語るのは苦手」という人は少なくありません。

若い人でも、チームを作って問題解決を図ろうという発想がなかったと言う人もいます。背景には、自分のことを語ることへの怖さがあります。自分の思いを伝えたら、否定されたり、ダメ出しされたり、冷笑されたりした。そういう経験を持つ人は少なくありません。

そのため、私たちのワークショップでは、「ノーム」というルールを設けて、安心してストーリーを語れる環境を整えています。相手の話を遮らない、否定しない、個人的なストーリーを外部の人に漏らさないといったルールです。

こうしたルールの上で、ストーリーを語ってもらうと、互いの経験の間に共感が生まれ、話してもいいという安心感や、仲間とともに行動していこうという希望が湧いてきます。

ストーリーの共有や関係構築のためには、こうして心理的に安全な環境をつくることも大切です。職場の中でも意識的に取り組めるといいと思います。

関係構築のポイント

相手との関係構築や活動、イベントなどに誘う際に重要なのは、自分の思いを一方的に伝えないこと。会話の一つひとつは短めにして、自分が話したら、相手の話を聞く。相手が「自分の話を聞いてくれる」とか、「自分が参加することによって役に立てるかもしれない」のように思ってくれることが必要です。重要なのは、「相手の思いをいかに引き出すか」です。

また、関係構築では、自分に立場の近い同質性の高い人たちだけではなく、異質性の高い人との関係も重視しようという視点もあります。同質性の高い人たちの集まりでは、運動の広がりはどうしても限定的になってしまいます。異質性の高い人とも連携することで、アプローチ先や、戦略構築の際の発想を広げることができます。

もちろん、常に誰とでも関係構築できるわけではありません。それでも、相手との対話を通じて、今は協力できなくても、別の機会に協力できることがあるかもしれないという関係を維持していくことはできます。そういう「引き出し」を持っておくことも大事です。

COにおける交渉とは、「相手の関心」と「自分たちの資源」を交換することです。交渉相手が何に関心を持っているのか把握し、その関心に対して、自分たちの資源をどう生かせるかを考えていきます。そのため、労使交渉では、会社側の関心は何かを知ることも大切になるでしょう。一方、労働組合側の資源とは、仲間の数であったり、現場の声であったりします。集まった声の大きさを可視化することも、資源を増やす方法です。

自分の思いを封じ込めない

日本社会では、自分の思いにさほど大きな意味がないとか、自分ひとりが何か言ったところで変わらないとか、そう感じている人も少なくありません。でも、そうして自分の思いを封じ込めるほど、自分の力を信じられなくなってしまいます。

職場で苦しいなと思うことがあったら、職場の中で話し掛けやすい人に声を掛けてみてください。それが最初の一歩となり、そこから広がっていくものがあるのだと思います。

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