特集2021.10

交渉のツボ!
──労使交渉から目標管理制度まで──
目標管理制度のコミュニケーション
不満を解消しモチベーションを高めるには?

2021/10/13
上司と部下とのコミュニケーションの場となる目標管理制度。どのようなやりとりが望ましいのか。制度本来の趣旨に沿った運用に近づけることが大切だ。
開本 浩矢 大阪大学教授

目標管理制度の本来の目的

目標管理制度は、8割を超える企業が採用する、日本で広く普及した制度です。

目標管理制度(Management by Objectives〈MBO〉)には三つの機能があります。

一つ目は、上司と部下のコミュニケーションを図る機能。目標を立てたり、達成度合いを測ったり、制度の運用を通じて上司と部下のコミュニケーションを高めることが一つの役割です。

二つ目は、目標管理制度を通じて、組織の戦略的な目標をブレークダウンし、各人の役割や目標を明らかにすること。

三つ目は、目標達成によって得られる自己肯定感や有能感など、モチベーションを高める機能です。

目標管理制度は、自分で目標を立てるからこそ、そこにワクワクする要素があり、働く意欲を高めながら、スキルアップや成長につなげることのできる制度です。目標に向かって自分で行動すること、意欲を高めることが大切なのです。

不満が噴出する現実

ところが、多くの日本企業の目標管理制度は、そうなっていません。目標は、会社や部署の目標を割り振っただけの「上から降ってくる」もの。人件費の上限が決まっている中で、目標を達成しても処遇に反映されないなど、従業員の不満につながっています。

人はそもそも、評価されることが好きではありません。モチベーションを高めるはずの目標管理制度と、不満につながりやすい人事評価の組み合わせは、相性がよくありません。

目標管理制度が人事評価と結び付いているため、部下は達成できそうな目標を掲げがちである一方、上司は会社の目標を押し付けがちです。目標設定の場は本来、部下の意欲を引き出すためのものなのに、上司と部下が腹を割って話し合うような雰囲気がなく、心理的安全性が構築されているとは言えません。

その結果、目標設定の場は、形式的なフォーマットに記述するだけになり、やりたくない作業を延々とやらされている、ワクワク感のないものになってしまいます。これは、目標管理制度の本来の趣旨とはかけ離れたものです。

日本における目標管理制度は、高度経済成長が終わり、右肩上がりの昇給が難しくなり、一律の昇給を避けるための成果主義の手法として導入されました。制度が、会社によるコントロールを目的とした、本来の趣旨と違う形で普及してしまったところに、日本の目標管理制度がうまくいっていない根源的な理由があります。

本来の趣旨に近づけるには

目標管理制度を本来の趣旨に戻すために、何をすべきでしょうか。そのためには、人事考課の時間を削減すること。極端に言えば、目標管理と人事考課を切り離すことが必要です。

人事考課のための時間を削減して、目標を立てるためのコミュニケーションにもっと時間を充てること。マネジャーのスキルを上げるために、傾聴力やコーチングの研修時間に充てること。こうした取り組みによって、上司との関係を安心・安全なものにする方が大切です。

目標管理制度とはあくまでチャレンジングな目標を立てて、そこに向かう努力を促し、成長につなげるものです。評価の手段ではないと割り切ることが必要です。近年、使われるようになった「ノーレイティング」は、こうした流れの上にあります。

こういうことを言うと、経営者から、「では、賃金をどうやって決めればいいか」と言われます。けれども、一緒に働いていれば誰が優秀なのかは職場のメンバーも一目瞭然でわかります。そうした人を昇進させて、賃金を上げていけばいいのです。他のメンバーは経験年数に伴い昇給させていけばいい。

企業は、評価をしなければ従業員は頑張らないという固定観念にとらわれていますが、評価によってインセンティブが本当に高まるのか、本質的な議論をした方がいいと思います。

運用のポイントは?

目標管理制度を本来の趣旨に近づけるための運用として重要なのは、まずはコミュニケーションです。

そして、制度運用の上では、目標を立てるという最初の段階が非常に重要です。極論を言えば、良い目標を立てられれば、あとは放っておいても大丈夫なくらいです。そのくらい、部下の自立性・積極性を引き出す目標へ導けるかどうかが重要です。

そのためには、部下の内発的なモチベーションを刺激することが大切です。成長実感が伴う目標が立てられるか。周りの人に役立っているという実感や社会貢献といった要素をどれだけ盛り込めるかも大切です。

目標設定の面談は少なくとも70分はかけたいところです。ある研究では、面談の平均時間が43分だったのに対し、平均より1標準偏差高い70分のチームと、1標準偏差低い15分のチームを比べたところ、モチベーションの高さに大きな違いが生まれるという結果になりました。70分が無理なら、せめて1時間はじっくり話し合うと良いでしょう。

労組としてのサポート

労働組合としては、被考課者訓練など組合員をサポートする方法もありますが、まずは会社に対して上司のマネジメント力を高めるための研修などを要求すべきでしょう。

また、目標管理制度に不満がある場合、不満の原因はどこにあるのか、不満があると訴えるだけではなく、データに基づき示すこと。その上で、どのようなマネジメントが必要なのかの具体策も示すことが大切です。

目標管理制度は、従業員の成長を企業の成長につなげるための制度です。労使にとってプラスになる方向で議論してほしいと思います。

特集 2021.10交渉のツボ!
──労使交渉から目標管理制度まで──
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー