社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?年金と高年齢者雇用の関係は?
働く高年齢者をどうサポートするか
年金と高年齢者雇用
「人生100年時代」ともいわれます。日本人の現在の平均寿命は、男性で81.64歳、女性で87.74歳です(2020年)。65歳まで継続雇用などをしても15年以上の期間があります。この期間をどう過ごすかが問われています。
すべての人が65歳以降に就労生活から年金生活へと一気に切り替えるのではなく、個人の事情に合わせて徐々に切り替えていく──これが高年齢者雇用と年金の方向性かと思います。
2020年に高年齢者雇用安定法が改正され、新たに70歳までの就業確保措置が努力義務として設けられましたが(2021年4月施行)、この改正は、年金財政の観点から行われたわけではありません。年金財政については2004年の制度改正で、負担する保険料に上限を設け、収入の範囲内で給付水準を調整する方式となったので、財政の均衡は図られるからです。今回の改正は、年金財政の観点ではなく、人手不足が深刻な中で高年齢者にもっと活躍してもらえるように、それを後押しするために行われました。個人としても、社会としても、就労と非就労のバランスをどのように取るかが問われています。
国民年金からの老齢基礎年金と厚生年金からの老齢厚生年金を公的年金といいますが、公的年金の強みは亡くなるまで終身で受給でき、「長生きリスク」に備えられることです。60歳代後半でも働ける間は働き、年金の受給開始を繰り下げて受給額を増やすという選択肢は今後ますます重要になりそうです。
60歳代後半の多様性
高年齢者が働き続けることは、社会にも、労働者にもメリットがあります。社会としては高年齢者の持っている人脈や経験、ノウハウを有効活用できます。労働者にとっても社会との接点を持ち続けることで自己実現や生きがいになり得ます。医学的な観点からは社会との接点を持ち続けることで認知機能の低下を防ぐことができるとの指摘もあるようです。
改正高年齢者雇用安定法は、60歳代後半の就労確保措置について、(1)定年の引上げ、(2)定年制の廃止、(3)継続雇用制度に、(4)70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度、(5)70歳まで継続的に次の事業(a/事業主が自ら実施する社会貢献事業、b/事業主が委託、出資(資金提供する)などする団体が行う社会貢献事業)に従事できる制度──の導入を加えました((4)と(5)を「創業支援等措置」と呼びます)。業務委託など雇用によらない措置も盛り込まれたことが大きな特徴です。
60歳代後半では個人の健康状態には大きな個人差があり、働いてきた職種や生活環境によっても大きく異なります。そのため、多様な働き方ができるように制度が整備されました。個人の事情に配慮した就労環境の整備が求められます。
低年金問題への対応
働き続けたい人に働ける環境を整えると同時に、年金額が少ないことから働かざるを得ない人の存在も無視できません。その意味で公的年金の水準が十分なものといえるかには注目しています。公的年金だけで暮らすことが想定されるわけではないので十分性をどう定義するかは難しい問題ではあるのですが……。
2004年の年金改正の結果として、公的年金の実質的な価値は今後ますます低下することが予想されるので、低年金問題への対応は不可欠です。現行法でも生活保護の前に年金生活者支援給付金の仕組みがあり、この拡充は一つの対応として考えられます。もっとも、就労時代に保険料を拠出するインセンティブを阻害しないよう配慮が必要なため、大規模な拡充は難しいところです。ほかにも、コロナ禍で需要が顕在化した生活困窮者自立支援法による住宅確保給付金の拡充が必要なのではないかと考えています。
また、非正規労働者への厚生年金の適用拡大が進んでいますが、将来の低年金者の減少につながるため、重要です。
高年齢者雇用へのサポート
ハローワークでは55歳以上の人を対象に、特に65歳以上の人の再就職支援に力を入れた「生涯現役支援窓口」を設置しています(全国300カ所)。ただ、制度の周知は十分とは言えないので、周知の強化が課題でしょう。
また、高年齢労働者の増加に伴う労働災害の増加には憂慮しています。安全教育の徹底が必要です。
60歳以降には処遇が大幅に下がることがありますが、それでは働く意欲が低下しかねません。低賃金を補う高年齢雇用継続給付金が現状では一定の役割を果たしていますが、2020年改正で縮小となりました。給付金ありきではなく、労働に見合った賃金設定が求められます。
労働者としては高齢になっても企業から求められる人材であり続けられるように自分の強みや専門性に磨きをかけることが重要です。自社だけでなく他社での就労や個人事業主としての就労の可能性も広がり、高齢期の就労をより主体的に選択できます。そのためには40代や50代でこれまでの就労をいったん振り返り、今後は何に力点を置くかを整理する時間が大切かもしれません。学び直しのサポートも重要になりそうです。高齢期に強みや専門性を生かした働き方の人が増えることは本人にも会社にも社会全体にも望ましいと思います。
労働組合の役割
改正高年齢者雇用安定法では、創業支援等措置の導入に際して、過半数労働組合等の同意が必要ですし、導入後のモニタリングも重要です。高年齢労働者の声をくみ取って労働条件や就労環境の改善に向けて労働組合が果たす役割は大きいと考えています。