特集2022.04

社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?
介護離職は「知らない」から起きる
制度の周知やケアラー支援が大切

2022/04/13
介護と仕事の両立のために必要なことは何か。制度そのものより、「知らない」ことや働く環境に問題がある。ケアをする人の支援も大切だ。介護離職防止に取り組む識者に聞いた。
和氣 美枝 一般社団法人介護離職防止対策
促進機構代表理事

「知らない」ことの問題

介護離職はなぜ起きるのでしょうか。それは、「知らない」ことが一つの要因です。

病気になったら病院へ行きますね。では、介護が必要になったらどこに行くか知っていますか?

すぐに答えられましたか?

答えは「地域包括支援センター」です。介護が必要になったら、「地域包括支援センター」に行きます。でも、そのことを知らない人が多い。知らないから誰に相談していいかわからないし、何をしていいのかもわからない。

さらに、総務省の調査では、介護をする前に介護休業制度を知らなかったと答えた人が約7割に上る結果もあります(「介護離職に関する意識等調査」)。

そして、介護が始まってから1年以内に仕事を辞める人が一番多いです。

支援制度を知らずに介護を始めて、必要なサポートを受けられずに仕事を辞めてしまう。介護離職の一番大きな要因は「知らない」ことなのです。

制度より働く環境

介護離職は介護の問題ではなく、キャリアの問題です。介護を受ける当事者は、従業員本人ではありません。だから、会社は介護そのものをサポートするわけではなく、従業員が働くことに集中できる環境を整えることができればいいのです。これは介護の問題というより、キャリアの問題です。

働き続けたいという気持ちがあれば、そのために必要な制度は十分ではないかもしれませんがあります。まずは「働きたい」という強い気持ちがあるかどうかです。社会にはいまだに「介護は家族がやるものだ」とか「家族とキャリアのどちらを選ぶんだ」という社会通念が残っています。そういう周囲のプレッシャーにさらされて、心が折れてしまう人もいます。でも、そうした精神的負担に負けず、働き続けたいという気持ちがあるのであれば、制度を利用して働き続けることができます。

職場によっては、制度を利用しづらい雰囲気もあるかもしれません。でもそれは介護だけの問題ではないはずです。育児や病気の治療にも同じことが言えます。そもそも働きやすい職場かどうかの問題なのです。

私からすれば、働きにくい職場をつくってきたのは誰だったのか、そこを見つめ直すべきと言いたいです。介護の当事者になって初めて職場の働きにくさを感じた人もいるかもしれませんが、その働きづらさはその人が感じていなかっただけで別の人が感じていたかもしれません。「24時間働けますか?」。そういう職場風土を維持継承してきた中高年層がその「悪しき慣習」に今になって苦しめられているのではないでしょうか。労働力人口が減少する中で労働力を大事にしない会社に将来はありません。自分たちで働きやすい職場に変えていくしかありません。

足りていないケアラー支援

社会保険の五つの機能を言えますか? 年金、医療、雇用、労災、介護──の五つです。これを一般常識にしないといけません。介護には、年金や医療の知識も必要だからです。

介護や社会保険に関する知識の周知啓発は、もっと必要です。地域包括支援センターは、市役所や駅と同じくらい知られておくべき施設です。そのために国や地方自治体は力を注ぐべきです。

一方、ケアをする人(ケアラー)を支援するための体制は、もっと強化される必要があります。日本では、ケアラーを支援するという概念がまだまだ弱いです。例えば、親の介護をしているケアラーに向かって「お母さん元気?」と聞いてしまう。でも、大切なのは、目の前にいるケアラーの存在を大切にすることです。だから、ケアラーに向かって「ちゃんと眠れていますか?」とか聞いてほしい。

ケアラーは、さまざまな負担や精神的な不安を抱えていますが、ケアラーを支援するための法律はまだありません。そのため、とある支援団体では「ケアラー支援法」創設をめざす運動をしており、2020年には埼玉県が「埼玉県ケアラー支援条例」を制定しました。ケアラー支援はまだまだ足りていません。

人事部と労組の二方向で周知を

介護施策に未着手の会社からは、何から取り組めばいいかという相談も多いですが、課題が見えれば解決はスムーズです。何をすればいいかわからないのであれば、私たちのような外部の専門機関に助けを求めるべきです。

労働組合の中には、介護休業の取得を推奨するところもありますが、介護休業は休むための制度ではありません。働き続けるために必要なことをするのに、労働を免除してもらうための制度です。単に休業を推奨するだけでは意味がありません。そこは勘違いしてほしくありません。

労働組合には、介護に関する正しい情報を伝えるためにもっと力を貸してほしいです。介護施策に主に取り組むのは人事部ですが、職場に近い存在である労働組合と二方向から周知に取り組んでほしいと思います。例えば、最近では高年齢者雇用の広がりに伴い、ミドル・シニア層のリカレント教育に取り組む企業が増えています。その中で介護に関する周知啓発を増やしていくのでもいいでしょう。

その上で、労働組合には現場の声を人事部に反映してほしいと思います。現場の声が反映されることで、より働きやすい環境につながるはずです。

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