特集2022.04

社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?
「高福祉」の国・デンマーク
高負担を社会はどう受け入れたのか

2022/04/13
「大きな政府」といえば北欧諸国だ。その一つであるデンマークで「高福祉・高負担」のシステムはどのように生まれてきたのだろうか。制度の特徴や背景にある考え方を知る。
倉地 真太郎 明治大学専任講師

「脱家族化」と「脱商品化」

デンマークの社会保障の特徴は、社会保障費に占める税財源の割合が非常に高いことです。デンマークでは最低保障年金が税方式で運営されているほか、医療、介護、保育なども税方式で運営されています。そのため、社会保障に占める税財源の割合が高くなっています。

デンマークの社会保障の二つ目の特徴は、一人ひとりが自分の人生を自立的に選択できることを目的とした制度設計になっていることです。

例えば高齢者では、およそ9万円の最低保障年金を受給できるほか、介護や医療サービスは無料で受けられますし、高齢者の約4割は住宅手当を受給しています。これなら子どもに頼らずとも自立して生活できます。大学生も同様に給付型奨学金や住宅手当を受給して一人暮らしをすることができます。

また、大学生であれば学費がかからない上に給付型の奨学金や住宅手当もあるので、アルバイトを少しすれば勉強に集中できます。

このようにデンマークでは、社会保障は、個人が家族や商品に依存しなくても自立的に人生の選択ができることを目的に設計されています。こうした考え方は、福祉国家研究で知られるEsping-Andersenが「脱家族化」や「脱商品化」という言葉で説明しています。

フレキシキュリティの意味

現役世代向けの社会保障としては、手厚い職業訓練などを提供する積極的労働市場政策が採られています。失業保険を労働組合が運営しているのも特徴です。

デンマークの雇用政策は、フレキシブル(柔軟性)とセキュリティをあわせた「フレキシキュリティ」と言われますが、そうした政策の導入に伴い一律的に解雇規制を緩くしたというのは誤解です。もともと解雇規制は緩い国ですが、これは労使交渉によって決定されるからです。ここで重要なのは、解雇規制の緩さではなく、失業者を労働市場に参加させていく取り組みです。1980年代、デンマークの失業給付は非常に手厚く、事実上半永久的に受給できるような状態でした。それが失業率の高まりなどを受け、制度見直しの声が高まり、受給期間を徐々に短くし、受給者に職業訓練の受講を義務付ける方向への改革が進みました。これによって柔軟性が生まれるのです。

デンマークは企業の税負担は軽く、起業しやすい代わりに、生産性の低い企業には市場から退場してもらうという厳しい一面もあります。企業を支えるのではなく、労働者の生活を支えることで流動性を高めているとも言えます。

高負担はどう受け入れられたか

手厚い社会保障の一方、それを支えるための相応の負担があります。デンマークの付加価値税率は25%で、軽減税率はほとんど適用されていません。それに加えて所得税も高いので収入の4〜5割を税金として納めるイメージです。

低所得者の負担が重くなるという逆進性の問題はありますが、低所得者層はそれを上回る受益を得ているので、税負担が重たいから生活ができないということはありません。受益と負担をトータルで捉えた上で制度設計がなされています。こうした「高福祉・高負担」の社会保障制度は、1990年代には完成しました。

とはいえ、高い税金が国民にすんなり受け入れられたわけではありません。1960年代から70年代にかけて、激しい「反税運動」が起こりました。デンマークでは1967年に付加価値税が導入され(この時点で10%)、同時期に所得税が引き上げられましたが、その結果、所得税の廃止を訴える政党が選挙で第2党になるなど、「高負担」は強い批判にさらされました。

それでも1990年代には現在のシステムが確立したのは、税制の透明性を高めたり、対人サービスの充実化を図ったりするなどして、課題を一つ一つクリアしてきたからでした。

政治参加が盛んなのも特徴です。デンマークは所得税が世界で最も高い国ですが、所得税のうち、その8〜9割合を地方所得税が占めます。この地方所得税を財源として保育や介護などの対人サービスが運営されているため、地方議会への関心度はとても高いです。政府や社会保障制度に対する高い信頼度がデンマークの「高福祉・高負担」のシステムを支えています。

ベーシック・インカムとの違い

デンマークの社会保障制度の三つ目の特徴は、ベーシック・インカム(BI)の考え方は採用しない点です。BIを一つの制度で定期的に所得を保障するものと定義すると、デンマークの社会保障制度はそうした発想ではなく、生活保護、年金や住宅手当などをはじめ複数の制度を組み合わせてセーフティーネットを構築するという戦略を採っています。

BIの考え方は、捉え方によっては現金を支給したらその後の生活は市場に委ねるものとも言えます。例えば、物価が上がったらどうするのか。賃貸住宅の貸主が家賃を上げたらどうするのか。こうした議論はデンマークで行われてきました。その結果、デンマークは複数の制度を組み合わせた重層的なセーフティーネットを構築する戦略を採用しました。

その背景には、セーフティーネットが多層的・重層的に存在し、それぞれに中間団体がかかわり、政治的な影響力をもっているからこそ、社会保障の切り崩しに対抗できるという考え方があります。

労働組合は、そうした中間団体の最たるものです。デンマークの労働組合は高い組織率を誇りますが、その影響力は、数の力だけに支えられているわけではありません。労働組合がシンクタンク的な要素を持ち、独自に政策提言を行える実力を持っていることが、交渉力の強さにもつながっています。

日本への示唆

研究を重ねるほど、日本とデンマークの違いは大きいと感じます。社会保険方式が中心の日本の制度をデンマークのようにすることには高いハードルがあります。

しかしながら、デンマークなどの北欧諸国も昔からこういう姿ではありませんでした。大切なのは、どのような変化があって今のシステムが生まれたのかを知ることではないでしょうか。その上で、仕組みの違いを理解しつつ、いいところを取り入れていくよりほかありません。

例えば、個人の自立を前提としたセーフティーネットの考え方を取り入れることはその一つです。日本の社会保険方式の弱点を税財源で補完していくという方法も考えられます。

また、日本の申請主義を打破するために、給付が自動的に行われるような仕組みも重要です。そのためには、正確な所得把握も大切になります。デンマークでは、1970年代初頭にマイナンバー制度を導入して、電子政府化を進め、1980年代初頭には国民の所得を完全に把握することが可能になりました。行政のデジタル化は、効率化のためではなく、住民福祉のために行うことが重要です。

デンマークは、フットワークがとても軽い国です。さまざまな制度について、とりあえず試してみてだめだったらやめることを繰り返しています。そこには失敗もつきものです。ただし、それが10年、20年たつと大きな差になり、結果につながります。日本もこうした姿勢に学ぶことが重要ではないでしょうか。

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