特集2022.04

社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?
雇用のセーフティーネット格差に
求められる対策とは何か

2022/04/13
非正規雇用の増加に伴って雇用のセーフティーネット格差が指摘されるようになっている。どのような対策が必要なのか。正社員にとって関係のない課題なのか。識者に聞いた。
酒井 正 法政大学教授

「二重のぜい弱性」

非正規雇用の拡大に伴って、雇用のセーフティーネット格差が指摘されています。その対策として、非正規雇用労働者への雇用保険の適用拡大を求める声もありますが、非正規雇用労働者への雇用保険の適用拡大はかなり早い段階から進められてきました。所定労働時間や雇用見込み期間などの適用要件が緩和されてきた結果、現在では、契約社員・嘱託社員の約8割、パートタイマーの約6割は雇用保険の被保険者になっています。

問題は、被保険者であっても、非正規雇用労働者が失業給付などの給付を受給できていないことにあります。例えば、被保険者としての期間が短すぎて失業給付の受給要件を満たせないとか、給付日数が少ないので失業給付が切れてしまうとか、そういう問題が起きています。

ここには、保険料の拠出を前提とした制度の限界があります。保険料を前提とした給付にすると、非正規雇用労働者は正社員に比べて賃金が低く、短時間・短期間の就労になりがちな分、給付額や給付日数も少なくなってしまいます。雇用のセーフティーネット格差の最大の問題は、雇用が不安定な非正規雇用労働者ほど、失業給付などのセーフティーネットも弱くなってしまうことです。「二重のぜい弱性」という言葉で説明されています。

「第2のセーフティーネット」への期待

こうした問題に対して、非正規雇用労働者への雇用保険の支給内容などを拡充するという考え方もありますが、ゆがみが生じる懸念もあります。例えば、非正規雇用労働者の失業給付の賃金代替率を高めるという方法もあります。ただし、それを高めすぎると、いわゆる「モラル・ハザード」も生じかねません。

また、給付期間を延ばすという方法も考えられますが、研究者としては慎重な立場にならざるを得ません。給付期間を延ばす政策目的は求職者がより良い仕事に就くことですが、給付期間が長いほど良い仕事を見つけられているかというとそうしたエビデンスはないのが現状だからです。

しかしながら、雇用保険が果たしてきた役割は否定すべきではありません。権利性の強い給付や効率の良いファイナンスを実現してきた面は、評価すべきです。

一方、雇用保険からこぼれ落ちてしまう人が増えているのも事実です。コロナ禍における特例貸付制度の件数をみても、生活保護の手前の困窮状態に陥っている人がかなりの数いることがうかがえます。また、主たる生計者である非正規雇用労働者も増えています。保険料の拠出を前提としない「第2のセーフティーネット」の強化が求められるようになっています。

求職者支援制度の課題

「第2のセーフティーネット」を具現化した制度の一つが「求職者支援制度」です。この制度は、雇用保険を受給できない人が対象になり、無料の職業訓練を受講しながら最大10万円の生活支援の給付金を受給できる制度です。

「第2のセーフティーネット」としての役割が期待される「求職者支援制度」ですが、利用が低調なのが課題です。

「コロナ前」は労働市場が堅調だったので利用者数の低迷も仕方ない面もありましたが、「コロナ後」も利用者数は若干増加したものの、低迷しています。2021年度は5万人の受講を見込んでいましたが、受講者数は2万2000人程度にとどまっています。

利用者数の低迷もさることながら、いっそう深刻なのは、その理由が必ずしも解明されているとは言えないことです。

「求職者支援制度」は、コロナ禍の中で、世帯年収や訓練への出席、訓練期間などの点で、要件緩和が進められてきましたが、利用が伸び悩んでいます。

憶測にすぎませんが、雇用調整助成金によって失業率が抑えられていることに加え、「休業支援金」が影響しているともいわれています。さまざまな要因があるために検証が難しいのが実情です。

低迷の背景として、職業訓練の内容が労働市場のニーズに合っていないという指摘もあります。ただ、これも訓練内容に問題があるとは一概に言えません。

例えば、ウェブデザインのような訓練コースは人気がある一方、就職率が高くありません。これに対して、介護などの福祉分野は就職率はとても高いのですが、応募者は少ないという課題があります。

この場合、問題なのは職業訓練の内容よりも、福祉分野の労働条件です。福祉分野の訓練コースへの応募者を増やすためには、訓練内容の見直しより福祉分野の労働条件の改善の方が重要になります。つまり、職業訓練を充実させるだけでは労働移動は進まないということです。「第2のセーフティーネット」の実効性を高めるためには、労働者側の真の「ニーズ」を見極める必要があります。

厚生労働省の審議会では、「求職者支援制度」を利用しない労働者の声として、同じ業種で今ある自分のスキルを生かしたいという声を紹介していました。これまでの職業訓練は他業種への移動を想定したものでしたが、業種を変えるのは労働者の本意に沿わないこともあります。これからの職業訓練では同じ業種の中でスキルアップ、生産性を高めることも支援として重要になるのではないでしょうか。

職業訓練が所得保障の要件になると、こうした労働者のニーズとの間にミスマッチが生じます。そのため長期的には、求職活動をしていて、職業訓練に準じるような活動をしている人への所得補償を強化するという方法も考えられます。

正社員は無関係なのか?

正社員が手厚い保障を受けられる限り、雇用のセーフティーネット格差と正社員は無関係だと言えるかもしれません。しかし今後、AI化で雇用が奪われないにしても、仕事が二極化する可能性は大いにあります。その際に、雇用保険ではカバーしきれない部分を救済する「第2のセーフティーネット」の存在は、ますます重要になってきます。

「ジョブ型」雇用の促進が期待される効果を生むのかわかりませんが、「ジョブ型」に近い派遣労働の現場では、派遣労働者の賃上げやスキルアップが問題になっています。それを踏まえると、「ジョブ型」雇用の促進に当たっては、教育訓練やスキルアップがキーワードになると考えられます。

職業訓練を受けて、スキルアップをして賃金が上がるという事例が共有されると公共職業訓練の需要も増えるのではないでしょうか。

企業別労働組合が中心の日本では、一つの企業での雇用維持に主眼が置かれてきた面も否めません。とはいえ、労働者の立場からは、企業内での雇用であれ、失業給付であれ、全体としてセーフティーネットが機能していることこそが大切なはずです。一つの企業での雇用維持にこだわるとかえって労働者のためにならないケースも生じます。労働移動を過度に妨げるのではなく、労働者のためになる労働移動を検討する必要もあると思います。

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