特集2022.04

社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?
進歩するがん治療
治療と仕事の両立支援が重要に

2022/04/13
がん治療の進歩などに伴い、治療をしながら働くことが可能になることで支援ニーズが高まっている。どのようなサポートが必要なのか。がん患者の支援などに取り組む桜井なおみさんに聞いた。
桜井 なおみ 一般社団法人CSR
プロジェクト代表理事

両立支援が求められる背景

がん患者の治療と仕事の両立対策は、この10年ほどで大きく進みました。

背景の一つには、がん治療の変化があります。

がん治療といえば、かつては長期入院というイメージでしたが、今は違います。腹腔鏡手術が進化して大きな手術が必要なケースが少なくなり、入院期間は短くなりました。一方、手術後の薬物療法を受ける期間は長くなり、働きながら治療を続ける人が増えてきました。

治療成績も大きく向上しました。がんの全部位の5年相対生存率は64.1%(2009〜2011年、国立がん研究センターがん情報サービス)まで向上しています。生存率が高まったことで治療後の対策も求められるようになりました。

経済的な側面からの変化があります。厚生労働科学研究費による研究では、がん患者が治療を受けたり、それ以外で働くことのできなかったりした分の労働損失は、1兆1424億円に上るという推計結果が公表されるなど、がん患者の仕事と治療の両立支援策の重要性が認識されるようになりました。

こうした変化を受けて、2016年に改正された「がん対策基本法」には、がん患者の雇用継続などに配慮する事業主の努力義務が盛り込まれました。がん患者が、社会の中でどう生きていくのかが大きなテーマになったのです。

働き続けることの課題

しかし、治療を続けながら働くことが難しいと感じる人は少なくありません。がんの治療や検査のために2週間に1回程度病院に通う必要がある場合、働き続けられる環境だと思うか聞いたところ、「そう思わない」とする人の割合は57.4%に上っています(内閣府「がん対策・たばこ対策に関する世論調査」、2019年)。

実際、厚生労働省のデータでは、がん患者のうち約20%の人ががん治療のために退職・廃業しており、離職した人のうち56.8%の人が、治療が始まる前に離職しています(国立がん研究センター「平成30年度患者体験調査報告書」2020年10月)。治療開始前に離職した人の中には、診断を受けて治療に専念しないといけないと思い込んでショックで退職してしまう人もいます。こうした離職は、「びっくり退社」とも呼ばれています。「びっくり退社」に対しては、がん治療のイメージのアップデートが必要です。

一方、休職や復職した後に離職する人も39.9%に上ります(同上)。企業において治療と仕事の両立支援が求められるのは、この場面です。退職理由では、「周囲に迷惑をかけたくない」「体力的に続ける自信がなくなった」といったものが多いです。けれども、離職した人のうち2割が再就職が難しく、無職の状態です(同上)。本人の収入が減ることもありますが、保険者にとっても保険料収入が減ることにつながります。仕事を辞めず、治療と仕事を両立支援することは、双方にとってプラスの効果があります。

柔軟な働き方と対話が重要

治療と仕事の両立で大切なのは、柔軟な働き方を可能にする就業規則とそれを実践できる職場環境です。

一言でがん患者といっても直面する課題は多様で、後遺症や治療による副作用、体力やメンタルの低下、価値観の変化など、患者によって異なります。

そのため企業は、患者個人に合わせて働く環境を提供する必要があります。大切なことは、柔軟な働き方を可能にする就業規則の整備だけではなく、それを本人と対話をしながら運用していくことです。制度があってもニーズに合っていなかったり、制度にアクセスできなかったりするケースも少なくありません。日ごろから従業員と対話を重ね、いざというときに、皆が使いやすい制度にしていく必要があります。

本人抜きで処遇や配置の変更を決めてしまうと、それがいざこざの原因になることもあります。「できること」と「できないこと」を明確にし、企業はどこまでならサポートできるのか。処遇が下がる場合でも、率直に話し合って納得度を高める、フェアな対応が重要です。

患者本人も復職後、元通り働こうと頑張りすぎて燃え尽きてしまうことがあります。焦らず、せかさず、ソフトランディングできるようにサポートする必要があります。

当団体では企業内にサポーターを育成する取り組みも行っています。がん体験者や家族、上司や同僚などが、治療や復職、支援の経験を企業内で共有する取り組みは、個別事例への対応力を高めるためにも効果的です。労働組合がそうした学習会を開いてもいいと思います。

進む制度の改善

治療と仕事の両立を支える社会の仕組みは近年、改善しています。

例えば、がん患者と患者の勤める会社が共同で作成した文書を病院と共有し、病院の主治医が会社の産業医などに必要な情報を記載した文書を提供したり、必要な指導を行った場合に、病院に診療報酬が入る仕組みもあります(療養・就労両立支援指導料)。

また、傷病手当金の支給期間はこれまで支給開始から1年6カ月間でしたが、今年1月から「通算して」1年6カ月になりました。治療と仕事の両立支援を後押しする、大きな改革の一つです。

治療と仕事の両立を支える制度があっても、その制度を使わずに離職してしまうのは、本当にもったいないと思います。労働者の高齢化や働き手の確保は企業にとっても重要課題。制度の周知や、制度を使いやすい環境整備が重要です。

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