特集2022.04

社会保障の論点
安心して暮らし働ける社会を実現するには?
雇用と自営のセーフティーネット格差
雇用労働者として知るべきことは?

2022/04/13
労働法や社会保険など、雇用と自営の間にはセーフティーネットに大きな溝がある。フリーランスが増加し、雇用と自営の境界が曖昧になる中で、雇用労働者はどう考えるべきか?
仲 修平 明治学院大学准教授

古くて新しい問題

雇用労働者と自営業者のセーフティーネット格差は、古くからあります。産業革命以降、雇用労働者は、使用者に従属する弱い立場として労働法などで保護される一方、自営業者は自立的に働ける存在として保護の対象とされてきませんでした。

しかしながら、自営業者は必ずしも立場の強い人ばかりではありません。自立的に働き自分で利益を生み出せる強い存在の自営業者もいれば、雇用労働者に近い形で発注者に従属するように働く自営業者もいます。自営業者と一言でいっても、その内実は多様です。

自営業者を保護する仕組みとして、家内労働法や労災保険の特別加入などはこれまでにもありましたが、自営業者を対象にする「雇用保険」制度は今のところ存在しません。一例では、仕事がなくなった場合の所得補償や育児や介護に伴う休業補償もありません。コロナ禍ではこうした格差が顕在化しました。

セーフティーネット格差自体は、古くからありましたが、その格差が問題として認識されるようになった背景の一つには、個人請負の広がりがあります。近年、デジタルプラットフォームの発展に伴い、1対1の関係で業務を発注しやすくなりました。その結果、雇用と自営の境界線上にいる弱い立場の個人事業主が増え、セーフティーネットの弱さが浮き彫りになり、その対策の必要性が認識されるようになりました。

格差のもたらす影響

セーフティーネット格差の存在は、社会にどのような影響をもたらすでしょうか。考えられることの一つは、働き方の選択の幅が狭まることです。十分なセーフティーネットを享受できるのがフルタイムの雇用労働者だけに限られると、自営を選択できるのも限られた人だけになり、結局、フルタイム労働から排除された人に十分なセーフティーネットが提供されないことになります。普遍的なセーフティーネットがないために働き方の選択の幅が狭まり、働き方の自由に制約がかかるのではないかと考えています。

2つ目は、弱い立場の自営業者が増え、新しい生活困難層が広がることです。

3つ目は、長期的な影響です。自営業者に十分なセーフティーネットが提供されないことで、自営業を選択した人に長期的な不利が積み重なり、高齢期の貧困リスクが高まることを懸念しています。

求められる対策とは?

では、こうしたセーフティーネット格差に対し、どのような対策が求められているでしょうか。コロナ禍では、自営業者へのセーフティーネットの弱さが露呈し、持続化給付金などの対策がとられました。とはいえ、単発的な対応であることも否めません。その意味では、より普遍的な対策が求められるようになっています。

短期的には現在、個人事業主への労災保険の適用拡大が進められていますが、労災保険の適用拡大だけで十分なのかという問題はあります。

長期的には、所得補償を含む雇用保険の適用拡大、あるいは新たな保険制度の構築など、より根本的な対策に取り組む必要があるのではないでしょうか。その際、自営業者の失業をどう認定するのか、所得補償の基礎となる所得をどのように把握するのか、保険料をどう設定するのかなど難しい課題が山積しています。しかし、雇用と自営業のセーフティーネット格差を埋めようとする動きは、諸外国で進んでいます。EUでは、2019年に「労働者と自営業者の社会保障アクセス勧告」が成立し、自営業者にも労災保険や失業保険を含めた社会保険を適用する方向での改革が進んでいます。

また、韓国では2020年に「全国民雇用保険ロードマップ」が発表され、被保険者と自営業者という二分法的なアプローチから、すべての「労働所得」に基づいた普遍的な「雇用保険」を設計する方向性が示されました。大統領選挙の結果で、今後どのような動きになるかわかりませんが、注目しています。

このように諸外国では、雇用と自営の二分法ではないセーフティーネットをつくる動きが進んでいます。日本でも、雇用と自営の境界線は今後ますます曖昧になっていく可能性があります。そのため、働く人に対するセーフティーネットも、より包括的な形で見直していく必要があるはずです。就労形態によらず、出産、育児、介護、年金などライフコース全体を下支えする社会保障が求められているのではないでしょうか。「労働者」という概念をより広く捉え、社会的な権利の適用範囲を拡大する方向が長期的には重要になります。

労働組合の役割

自営業者とはいえ、集団による交渉力を強化しなければ、取り巻く就労環境を変えていくのは困難です。自営業として働く人びとの実態を把握し、課題解決の要求につなげていく運動が必要です。労働組合はその受け皿になる存在です。連合はすでにフリーランスで働く人たちの組織化を支援していますが、そうした動きは今後ますます大切になるのではないでしょうか。

自営業者のセーフティーネット強化のためには、社会的な合意形成が欠かせません。労働組合は、その社会的対話の窓口にもなれる存在です。連合や情報労連の皆さんの運動に期待しています。

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