沖縄復帰50年
復帰に託した願いと
次の時代に託す思い集中する米軍基地とジェンダー
基地の暴力性が市民社会に与える影響とは?
軍隊とジェンダー
──ジェンダーと戦争・軍隊の関係について教えてください。
佐藤「戦争はすべての人々に影響を与える現象と捉えられがちです。軍隊がもっぱら男性によって担われていることも生物学的差異があるから当たり前だと思われています。
しかし、ジェンダーの視点から見るとそうではありません。戦争が男性と女性に与える影響は異なります。戦時性暴力はその代表的な例ですね。
軍隊がもっぱら男性によって担われることもそうです。軍隊に参加できるか否かは市民権の平等にも影響します。女性たちの徴兵要求が起きたことのあるアメリカでは、長らく大統領候補者の軍隊経験が問われてきました。軍隊参加を巡る不平等が、軍隊の中にとどまらず、市民社会にも影響するということです。
軍隊の中でつくられる理想化されたジェンダー観は、市民社会にあふれ出していきます。例えば、女性は無力で保護される存在で、男性は女性や子どもを守る存在。そういうジェンダー観は、軍隊から派生して家庭や企業の価値観にも影響します。家庭を守り、組織を統率する男性のイメージは、国民の保護者たる軍隊のジェンダー観と地続きになっています」
ゆがめられた産業構造
──沖縄に基地が集中する影響は?
ワイネク「一つには経済の問題があります。沖縄の経済的なジェンダーギャップは全国最小ですが、産業の中心が賃金の比較的低いサービス業であり、男性の賃金も低いことが要因となっています。
こうした産業構造の背景には、米軍統治が深くかかわっています。沖縄では戦後の再開発が、米軍基地のニーズに合わせて進められたことで、サービス業以外の産業が育ちにくかったのです。女性は特に経済的に弱い立場に置かれ、育児と仕事を両立できるような仕事は多くありません。
一方、米軍基地での仕事は、沖縄社会の中で賃金が相対的に高く、育休などの福利厚生も整っているため、基地で働くことを選択する女性も多いです。基地の外の仕事では満たせないニーズを米軍基地が満たしてくれているのです」
──基地があることで経済発展が阻害される一方、基地の中の労働条件はいいというのは悩ましい問題ですね。
佐藤「沖縄だけではなく、米軍基地が駐留する多くの地域で同じようなことがいわれています。基地があることで産業構造がゆがめられる一方、基地の中の仕事が相対的に好条件なものとしてある。地域との格差をうまく利用して、住民を取り込んでいくという側面があります。
沖縄では戦後直後から、経済的に弱い立場に置かれた女性が、米軍相手の性産業に就く実態もありました。ベトナム戦争時には、ベトナムから帰還した荒れた兵士をなだめる役割も担わされました。それは大きな危険と犠牲を伴いました。復帰から50年たった今でも米兵・米軍属による事件・事故は後を絶ちません。基地が集中していることで、沖縄の女性たちは、常に危険と隣り合わせです」
ワイネク「基地で働いている女性も、米兵と2人きりにならないよう常に警戒していると話します。基地の外でも性暴力の恐れを感じている女性は多くいるでしょう。
しかし、基地をなくしたり、縮小したりしても、福利厚生が整っていない仕事しかないのであれば、基地で働いていた女性は困難に直面します。軍隊はジェンダーの非対称性に影響を与え、それを強化する傾向がありますが、基地の縮小・廃絶とともに、沖縄社会全体のジェンダー格差を是正していく必要もあります」
今の状態を自明視しない
──軍隊の持つジェンダー観は沖縄社会にどう影響を与えているでしょうか。
佐藤「軍隊文化は地域社会にもあふれ出し、沖縄の若者にも影響を与えているでしょう。それは入れ墨のような身体加工から、暴力を肯定したりマッチョイズムの礼賛にまで及んでいます。私たちの調査では、米兵とつきあう沖縄女性に対して今なお残るスティグマがうかがえましたが、それは、女性を巡る争いが人種間の権力闘争のシンボルのようになるからです。このように、軍隊の影響力は基地の中にとどまることなく、沖縄社会に漏れ出していると推測しています」
──日本社会で沖縄が女性のポジションに置かれているという指摘もあります。
佐藤「観光は一見、基地と相反するような存在と受け止められがちですが、癒やしを与え、与えられる関係ですよね。沖縄は本土に対し癒やしを与える役割を期待され、基地を押し付けられることで本土の安全を保障する役回りを押し付けられている。そこには同じ非対称性があります」
ワイネク「沖縄を異国扱いすることと、沖縄に米軍基地を集中させる要因はつながっています。本土から来る人たちは、基地負担の重さを理解せず、観光では『アメリカらしさ』を楽しんでいます」
──本土の人は何をすべきでしょうか。
佐藤「琉球処分以降の日本社会と沖縄の非対称な関係について学ぶ機会が決定的に欠けていると思います。学校教育から見直す必要があるでしょう」
ワイネク「沖縄の多くの人たちは、基地がない方がいいと思っています。その中で、基地がなくなる可能性はどれくらいあるか、なくなったらどうなるのか──自分と基地との現状のつながりの中で意見が分かれているだけです。賛成・反対という単純な二項対立で見るのはよくありません。沖縄の人たちの複雑な思いを聞いて、その思いに沿った行動をすることが一番必要ではないでしょうか」
──ジェンダーの視点では?
佐藤「ジェンダーは社会の中でつくり出されたものです。今の状態を自明視せず、つくられた状態として考えることが、それならば、社会をつくり変えていけると信じる力になるのではないでしょうか」