常見陽平のはたらく道2022.06

アナタの職場は
危険地帯ではないか?

2022/06/14
無理をした働き方をしていないだろうか? 「安全労働」が徹底されているか。見つめ直そう。

「皆さん、ご安全に!」

コロナ前に、あるメーカー主催のセミナーに登壇した際の、最初の一言だ。主催者からこの言葉を使うように促された。ものづくり現場などでは定着しているフレーズである。

もっとも、この手の掛け声は決まり文句、社交辞令として定着しても、実践、徹底されていなければ意味がない。あなたはいつの間にか、危険な働き方をしていないか?

4月に発生した、北海道の知床半島沖で乗員・乗客26人を乗せた観光船が沈没した事故などは、危険な働き方そのものだ。報道の限り、運営会社は「安全労働」という概念すら存在しない職場だったと判断せざるを得ない。船、無線など航行を支えるハードも、出航の可否を判断する基準、運用などすべてが危険だった。亡くなった方、行方不明になった方のことを思うと絶句する。遺族の方がいる中、心象を害する方もいるかと思うが、船長や乗組員なども被害者だとは言えないか。

この問題については、運営会社に対しても、国に対しても批判するべき点は多々あるのだが、怒りのマグマを爆発させるだけでなく、「では、自分の職場はどうなのか?」という視点も大切にしたい。観光船の運行と、自分の職場にもちゃんと共通点はある。「安全労働」が徹底されているかという視点だ。「さすがに、ウチはあの会社とは違う」と断言できるだろうか?

たとえば、心身ともに負担のかかる業務、健康を害するような仕事をしていないだろうか。一般消費者との接点があり、カスハラが横行する職場などがそうだ。「AIやロボットが人間の雇用を奪うのではないか」という不安もあるが、一方でストレスを伴う単純作業を人間が担い続けるのもまた問題である。電通自死事件の発生から今年で7年になるが、論点の一つは、無理な仕事を人間が担っていたという問題だった。

効率化が、人間の心身をすり減らすこともある。約20年前にトヨタ自動車式のカイゼンを間近で見て驚いた。「乾いた雑巾も絞り取る」と言われていた同社の取り組みだが、実際に間近で見ると、だいぶ印象が異なる。例えば、ある作業を短縮する案について、組み立て時に手への負担が大きくなると問題点を指摘していたことだった。安全はすべてにおいて優先しなければならないのだ。

危険な労働を避ける、健康管理を徹底する、ハラスメントを防止するなどの取り組みだけが「安全労働」の論点ではない。「人材育成」も安全労働にかかわってくる。心身の負荷がなく、仕事を安全にこなせるようになるためには、トレーニングが必要だ。ものづくり現場に詳しい方にお伺いしたが、工場などの火災事故などは突き詰めると人材育成の問題なのだという。安全や危機管理に関する知識やスキルが伝承されていないがゆえの問題である。

いつの間にか無理していないか。これを機会に、自分の、自社の働き方は安全なのかを問い直したい。「安全労働」は実現してしかるべきなのだ。知床観光船沈没事件など、悲しい事故の教訓を生かさなくてはならない。職場を危険地帯から安全地帯に変えていこう。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
常見陽平のはたらく道
特集
トピックス
巻頭言
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー