中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か根深い多重下請け問題
中小ソフトウエア企業が進むべき道とは?
──ソフトウエア業界の多重下請け構造が生まれた要因は?
日本企業がITをコストだとみなしたことがあります。日本企業は、ITをコストだとみなし、その費用を削減するため、IT部門を子会社化したり、外注化したりしてきました。それが多重下請け構造の要因になっています。
情報システムの大規模開発では、「ウォーターフォール(V字)型開発モデル」が用いられます。要件定義から基本設計、コーディングへと下流工程に進むに従って、企業は安いコストで業務をすませるため外注化してきました。
その結果、コーディングなどの下流工程は、大都市の中小ソフトウエア企業から地方の人件費の安い中小ソフトウエア業へとアウトソーシングが進み(ニアショア)、さらに1990年代になると、中国をはじめとした国外へのオフショアも進みました。
大規模システムを構築するためには、大量の要員が必要になります。受注したソフトウエア企業は、自社だけで要員をまかなえればいいのですが、それができません。受注の変動のピークに合わせて要員を抱え続けるのが難しいからです。その結果、外注化が進み、5次受け、6次受けのような多重下請け構造が生まれました。
日本のIT人材は、約7割がベンダー企業に所属し、ユーザー企業には約3割しか所属していません。アメリカはその逆でIT人材の7割弱がユーザー企業に所属しています。つまり、アメリカは、ITを企業の競争力を高めるものだと認識し、ITを内製化してきたのだといえます。アメリカは、日本よりも解雇がしやすかったり、労働移動が頻繁であったりして、日本と異なる労働市場があります。そうしたことも内製化の比率が高い背景にあると考えられます。
このように、日本で多重下請け構造ができあがった背景には、ITをコストだとみなしたこと、受注の変動のピークに合わせて要員を抱え続けられなかったこと──の二つが挙げられます。
──ITがコストという考え方とは?
ITが価値の源泉になるという考え方ではなく、お金のかかるものだという認識です。経営トップが、ITの価値がわからないと、IT投資は削減の対象になってしまいます。
これまでの日本企業では、情報システム部門のトップが部長止まりであることも少なくありませんでしたが、最近は情報システム部門のトップが執行役員になる会社も増えてきました。デジタル・トランスフォーメーション(DX)の重要性が叫ばれる中で、ITを企業の競争力の源泉にしようという意識が高まり、ユーザー企業がIT人材を獲得するようになっています。
──多重下請け構造が広がった結果、生じている問題は?
多重下請け構造の下層に位置すると、システム開発のうち、ごく一部だけを担当することになり、開発の全体像が見えづらくなります。与えられた作業をこなすだけで、スキルアップが難しくなり、モチベーションも上がりません。
また、下層に行くに従ってさまざまなしわ寄せも生じます。仕様が途中で変わっても納期や料金がそのままだったり、無理をしてでも仕事を引き受けざるを得なかったりします。その中で、長時間労働などの問題も起きてきました。
加えて、「中抜き」の問題もあります。「中抜き」は、最終下請け企業にとっては、受注金額が低くなるなどの問題がある一方、発注企業にとってもコストアップになるという問題が生じます。
一方、IT需要が増加する中で、ベンダー側が顧客を選ぶような動きも見られます。例えば、フェーズごとに期間を区切って契約し、次の仕事があれば契約はしないということもあります。ただ、これもIT需要が増えているからこその状況であり、根本的な解決というわけではありません。
近年はフリーランスの技術者が増えていると感じており、そうした人たちへの保護策も検討する必要があります。
──多重下請け問題に対処するために何が必要でしょうか。
一つには、発注者側の意識も問われます。ユーザー企業はこれまで、大手SIerと契約し、開発を「丸投げ」することが多かったですが、最近はスキルさえあれば、企業規模に関係なく、中小のソフトウエア企業と直接契約するようになっています。発注者側がソフトウエア企業と直接契約するようになれば、多重下請けは起こりにくくなります。ユーザー企業のIT担当者が開発に関する知識を深めることも大切になります。現在では、アジャイル開発などでベンダーと共創するスキルが重要になっています。
また、SIerに発注する場合でも、再委託禁止条項を設ける事例が増えています。発注者側の意識が変わり、多重下請けができないような縛りが増えていけば、状況は変わっていくのではないでしょうか。
──受注側に求められることは?
中小のソフトウエア企業にとっては、顧客から直接受注する「プライム案件」を増やしていく努力も必要です。そこで最も重要なのは、差別化戦略です。汎用的な技術に加えたプラスアルファの特色を持つことで、価格競争から抜け出さなければいけません。
そのためには、業務の専門的な知識に習熟したり、特定の分野に特化した事業戦略をとったりすることが重要です。例えば、テスト領域に特化した「SHIFT」のような企業が参考になります。
また、マーケットが立ち上がっていない分野にチャレンジする方法もあります。SAPやセールスフォースなどのソフトウエアが国内に導入されたときに、情報をいち早くキャッチして、その分野に進出していくという戦略です。DX時代の今、従来のSoRからSoE/SoIへ進出することも有効でしょう。
もう一つは、企業のブランディングです。エース級の従業員でそろえたチームが一つあれば、ユーザー企業から特色のある企業として認識されるようになります。このようにライバル企業の少ない新しい分野に進出したり、自社のブランディング化を進めたりすることで、他社との差別化を図ることが大切です。
──労働組合に対する期待は?
一つは、フリーランスへの保護策です。個人の働き手は立場が弱いので保護策を強化する必要があります。
もう一つは、企業間や技術者間の連携の促進です。日本において、中小ソフトウエア企業の連携は進んでいるとはいえません。そのため、情報労連のような産業別労働組合が、中小のソフトウエア企業同士が連携するためのパイプ役になってくれたらいいと思います。時代をリードする情報産業の産業別労働組合だからこそ、リモートワークや副業・複業など働き方改革の促進や、「シビックテック」のような社会課題を解決する活動において、人と人をつなぐ役割を発揮することができるのではないでしょうか。