特集2022.11

中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か
下請問題の構造的課題とは何か?
「自立・自律」化が賃上げの源泉に

2022/11/15
日本経済で長年、課題とされてきた下請問題。問題の根本にあるものは何か。バブル崩壊以降、構造的な問題が顕在化する中で、下請企業に求められることは何か。識者に聞いた。
関 智宏 同志社大学 教授

下請問題の構造

日本の下請問題には、さまざまな性格の問題がありますが、下請企業に大きく影響するのが仕事量です。発注元から仕事量があるうちはいいのですが、仕事量が減ると構造的な課題が顕在化します。

下請の中で生じ得る問題には、品質や納期の問題もありますが、より大きいものに、適正な価格での取引が行われていないこと、低い価格で下請企業が受注せざるを得ないという問題があります。下請問題の特徴は、下請企業の交渉力が発注元企業に対して基本的に劣位であることといえます。

下請企業が低い価格でも受注せざるを得ないのは、その仕事を受けないと他社に仕事を奪われてしまうからです。発注元企業は発注先を分散します。そのため下請企業間で競争が起こります。だから価格が低くても受注せざるを得ないのです。競合相手が国外にまで広がると競争圧力はさらに強まります。

下請企業は、発注元企業からコストダウン要請などを受けています。取引が継続すれば企業努力でそうした要請をクリアできるようになりますが、問題は下請企業のそうした努力の成果の多くが、発注元企業に吸収されてしまうことです。下請問題には、下請企業の生み出した成果が、発注元企業に帰着するという問題もあります。

バブル崩壊と問題の顕在化

日本は、下請企業を活用してきた社会だといわれます。背景には戦後、経済が急成長する中で、大企業にとって自社内で設備投資をして内製化するよりも、広範に存在した中小企業を活用した方が自社にとって合理的だったという事情があります。大企業は資本コストを下請企業に転嫁することができました。他方で、中小企業も下請として、発注元である大企業の要請に対応することで力を蓄えてきました。

そうした関係は、仕事量があるうちは構造的な問題を覆い隠してきました。ところが、バブルが崩壊した1990年代後半以降、仕事量の減少に伴いその関係は変化していきます。下請問題の構造的な課題が顕在化するようになり、下請企業は、従来の下請関係の中にとどまるのか、サプライチェーンから脱して自立化するのかを迫られるようになります。

こうした環境の変化に下請企業はどう向き合ってきたでしょうか。

下請企業にとって、特定企業との関係をずっと続けられるなら問題はありません。しかし、特定企業への依存は、危機へのぜい弱性も伴います。そのため、1990年代後半以降、元請を複数化する下請企業が増えました。

また、他業界に進出する下請企業も増えてきました。下請企業は、発注元企業の要請に応えながら、技能やノウハウなどを蓄積していきます。そうした技能は同じ業界の中であれば比較的発揮しやすいのですが、他業界に進出する際にその力が通用するかどうかは未知数です。

そのため、下請企業が他分野への進出をめざす場合、技能そのものに加えて、営業する力も大切になります。

他業界に進出して仕事を受注したとしても、その仕事をできるかどうかはやってみないとわかりません。でも、仕事を断ってしまえば、その先の展開もありません。求められるのは、あらゆる機会を取り込んでチャレンジする姿勢です。

積極的に国外での事業展開を行っている下請企業もあります。国外での事業展開には、言葉の壁が確かにあるかもしれませんが、それは通訳をつければいい話です。技術があれば言葉の問題はどうにでもなります。私の知っている企業でも、社長が国外の展示会などで積極的に自社の技術力をアピールしています。SNSで国外向けに発信している企業もあります。いまやインターネットが発展し、顧客は世界中に広がっています。チャンスはどこにあるかわかりません。受注した仕事を「うまみ」に変える力が企業に求められています。

製品単価を引き上げる

下請企業はこれまで、発注元企業から金額を低めに設定されるなど製品の価格をコントロールされることがよくありました。下請企業が新しい市場に参入する際は、製品の価格をこれまでよりも上げて交渉してほしいと思います。。

日本の下請企業の製品価格が低く抑えられてきたのは、国内の特定の発注元企業に依存するなど国内での関係性を基にしながら、かつ国内市場をメインとしてきたためでもあります。これからは、自社の技術力をより国外に発信し、しかるべきパートナーと組むなどしながら、しかるべき対価を得られる市場に自分の身を置くようにすることも大切です。そうして製品の単価を引き上げることで、賃上げの原資も生まれるはずです。

企業などとの連携

「自立」とは、親企業に依存しないこと。「自律」とは、「企業なりを整える」ということを意味します。下請企業は全般的に、営業する力や採用する力、研究開発する力といった基本的な経営機能を欠いている場合が多いです。それを充足させるのが「自律」化です。

そうした機能の充足は本来、自社でやるべきことですが、1社だけでは難しいこともあります。その場合、他社などと連携して経験を積むことが大切です。例えば、採用にしても他者と合同で説明会などを展開した方が人を採用しやすくなります。大切なのは連携そのものによる成果ではなく、連携の中で得た経験です。連携の中で他社などから学んだノウハウを自社の活動にいかに生かしていくかが重要です。

企業などとの連携で成果を得るまでには、約10年くらいの時間がかかります。何かの「うまみ」が先にあって、「この指とまれ」という連携はうまくいかないことが多いです。「うまみ」は後から出てくるものです。時間や費用をかけてじっくり取り組む姿勢が求められます。

労働組合への期待

企業は人で成り立っています。人がいないと仕事は前に進みません。

人を大切にしたり、きちんと評価したりするために労働組合は大切な役割を果たせます。人を大切にするためには、下請の関係にとどまるのではなく、企業として「うまみ」のある事業へかじを切らなければいけません。それができるのは経営者ですが、労働組合は経営者をその方向へ転換させる役割を担っているのではないでしょうか。

これまでの下請企業は、基本的な経営機能が欠けているところも少なくありませんでした。これからは人を雇用したり、育成したり、事業を次の世代に継承したりするための事業性が求められます。そうした転換を図る中で、労働条件の改善も実現できるのではないでしょうか。

特集 2022.11中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー