特集2022.11

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日本経済の底上げに何が必要か
サプライチェーンの人権リスクの軽減・防止へ
「人権尊重ガイドライン」を生かすには?

2022/11/15
政府は今年9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。取引先などにおける人権侵害を防止するために企業に求められることは何か。労働組合に期待される役割などを聞いた。
佐藤 暁子 弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局次長

人権尊重ガイドラインとは?

経済産業省は今年9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「人権尊重ガイドライン」)を策定しました。

背景には、次のような事情があります。

一つ目は、「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連の人権理事会で2011年に採択され、政府が2020年10月、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020〜2025)」を策定したこと。

二つ目は、その翌年、経済産業省と外務省が、「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」を実施し、この中で、政府に対して人権デューディリジェンス(以下、人権DD)に関するガイドラインの策定を求める声が多く上がったこと。

三つ目が、欧米で人権DDに関する法律がすでに施行されており、日本企業もその対応を求められていることです。

「人権尊重ガイドライン」のような指針がアジアの国で策定されたのは初めてです。人権DDは欧米のアジェンダというイメージがまだある中で、日本政府が指針を示したことは重要な一歩です。

一方、ガイドラインはあくまで企業の自主性に任せるものであることから、実効性を上げるための周知や仕組みづくりが求められます。政府は人権DDに取り組む企業を政府調達で優遇する仕組みも検討していますが、実効性を担保するために、こうした仕組みづくりも大切です。

「人権尊重ガイドライン」は、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」や、OECDの人権DDのガイドラインを踏まえた内容になっています。対象やプロセスも、それらに沿った内容になっています。ただ、企業が人権DDに取り組む場合、「人権尊重ガイドライン」を見るだけでは不十分です。実際には、指導原則やOECDの手引きを参照しながら取り組む必要があります。

人権DDで大切なのは、国際的な人権基準に沿って対応することです。例えば、企業が「現地の法律では問題にならない」と主張することもありますが、その法律が国際基準を満たさないケースも少なくありません。国際基準で人権を守ることが大切です。

人権DDのプロセス

「人権尊重ガイドライン」は、国連の指導原則などに沿って、人権DDの実施について、(1)負の影響の特定・評価、(2)負の影響の防止・軽減、(3)取り組みの実効性の評価、(4)説明責任──という四つのプロセスを示しています。

どのステップにおいても、ステークホルダーとの対話が重要になります。ステークホルダーには、自社やグループ会社の従業員だけではなく、取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体などのNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民なども含まれます。人権リスクを特定するためには、例えば、取引先企業の労働組合と対話することも必要になるでしょう。

人権リスクを特定する際には、インターセクショナリティの問題に注意する必要があります。外国人、女性や子ども、障害者、先住民族などのマイノリティーは、ぜい弱な立場に置かれることが多く、これらの属性は重複することがあります。その場合には、ぜい弱性がさらに強くなる恐れがあり、特に留意する必要があります。

負の影響への対策

負の影響には、次の三つの類型があります。(1)企業が負の影響を自ら引き起こす、(2)企業が直接・間接に負の影響を助長する、(3)企業が、負の影響を引き起こさず、助長していないものの、企業の事業や製品、サービスが負の影響に直接関連する──の三つです。

(1)の場合は、企業は影響力を行使しやすいので、是正しやすい立場にあるといえます。(2)と(3)のように、取引先などで人権リスクが見つかった場合は、どのように影響力を発揮できるかはケース・バイ・ケースです。

例えば、ガイドラインでは負の影響として、「過去の取引実績から考えると実現不可能なリードタイムと知りながら、サプライヤーに依頼した結果、そのサプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合」という事例を挙げています。こうしたケースでは、発注元企業は請負企業に負の影響を及ぼしているので、商慣行を見直すなどの対応をとる必要も出てくるでしょう。

人権DDに取り組んだ結果、発注元企業の取引コストが増えるかもしれません。しかし、それまで発注元企業の得ていた利益が、人権侵害の上に成り立っていたとすれば、その利益は請負企業に適切に支払われなければなりません。気候変動問題でも明らかなように、誰かにしわ寄せがいく社会は、持続可能ではありません。人権DDは、社会全体の持続可能性を確保するために必要だと理解する必要があります。

労働組合の役割

負の影響を軽減・防止する際にもステークホルダーとの対話が重要です。

労働組合の役割にはとても期待しています。例えば、負の影響を軽減・防止するために、発注元の労働組合がサプライチェーン上の労働者の人権状況などを把握して、自社の労使交渉の中で取り上げていくようなこともできます。また、産業別労働組合などを通じて、発注元企業の労働組合と請負企業の労働組合が連携するようなこともできます。人権DDを通じて、労働組合が活動の幅を広げることを期待しています。

人権DDは、経営リスクに対処するものではなく、人権リスクに対処していくものです。労働者というライツホルダーの人権に着目して、取り組みを進めてほしいと思います。

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