特集2022.11

中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か
企業規模間格差はなぜ生まれるのか
格差是正に向けた三つのオプションとは

2022/11/15
日本経済の発展のためには中小企業の活性化が欠かせない。そのためには、企業規模間格差という古くて新しい問題に向き合う必要がある。規模間格差の是正に向けて何をすべきか、聞いた。
中村 天江 連合総研主幹研究員

古くて新しい問題

賃金の企業規模間格差は、古くて新しい問題です。雇用形態の賃金格差は同一労働同一賃金、男女の格差は女性活躍といった政策により、対策が強化されてきましたが、企業規模間格差は、決定的な進展がないままです。

企業規模間格差は現在も存在します。従業員数99人未満の小企業の賃金を100とした場合、従業員数100〜999人の中企業は107、1000人以上の大企業の賃金は121です(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。

企業規模間格差は40〜50代の男性で特に大きく(グラフ1)、日本的雇用システムの問題があります。なお、賞与は基本給以上に大きな格差があります。産業別でみると、情報通信産業は企業規模間格差が大きいです。背景には多重下請けの構造があるのですが、フリーランスも増えているので規模間格差の問題は一層重要になっています。

賃上げの状況をみると、企業規模が大きいほど、賃金引き上げの改定額が高い傾向が1970年代以降、ずっと続いてきました(グラフ2)。改定率はこの10年ほど大企業と中小企業との間にほとんど差がないので、企業規模間格差は解消されないまま続いています。

グラフ1 企業規模、性、年齢階級別賃金
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
グラフ2 賃金の改定率と改定額
厚生労働省「賃金引き上げ等の実態に関する調査」

規模間格差が生まれる理由

企業規模間格差はなぜ生まれるのか。その理由には三つの仮説があります。

一つ目は、生産性格差仮説です。企業規模によって収益率に差が生じ、その差が賃金格差につながるという事業構造の側面から説明する仮説です。

二つ目は、能力差仮説です。働いている人の技能や能力の差が結果的に規模間格差を生み出しているとする仮説です。

三つ目は、労働需給状態仮説です。労働市場の需要が逼迫したり、不足したりした際の影響が大企業と中小企業で異なり、中小企業の方が対応力が弱いため、格差が広がるという仮説です。

これらのうちどれか一つというより、現実的には複合的に生じているのだと推察されます。

格差是正のためのオプション

こうした現状を是正するには、三つのオプションが考えられます。

一つ目は、中小企業が経営努力によって、賃金や待遇を改善すること。

二つ目は、発注元である大企業との取引条件を見直すこと。

三つ目は、中小企業を公的に支援することです。

問題が根深いので、これらを併行して取り組むことが大切です。

一つ目のオプションに関していえば、ここ数年、連合の春闘では中小企業の賃上げ率は大企業に近づいています。労働組合のある企業では賃上げメカニズムが機能しているので、残る労働組合のない、多くの中小企業でいかに賃上げメカニズムをつくるかが問われています。

ただし、中小企業の労働分配率は約8割に上っています。労働分配率の引き上げには限界があるので、人件費を増やすには、付加価値そのものを増やす必要があります。そのためには大企業などとの取引条件の改善も必要です。

二つ目の取引条件の改善に向けては、2020年に始まった「パートナーシップ構築宣言」のように、ステークホルダーの共存共栄をめざす取り組みが重要です。

労働者の賃金が増えない構造は、下請け企業の取引価格が上がらない構造と相似形です。一方が価格・賃金に安さを求め、他方も価格・賃金の引上げを要望しない・できない。中小企業では取引価格の抑え込みが、賃金の抑え込みに直結するので、労働者の待遇改善のためには、取引価格と納期の適正化が不可欠です。

ようやく価格転嫁や価格交渉など、サプライチェーン全体の共存共栄を図る動きが広がりつつあります。産業ごとに慣行や事情が違うので、産業別の労使が企業の枠を超えて、健全な取引慣行を広げていくことを期待しています。

リスキリングは経営者から

三つ目については、岸田首相が臨時国会の所信表明演説の中で、リスキリングの強化や職務給への移行促進を表明しました。

中小企業で働く人の能力開発、リスキリングをどう拡充するかはとても大きなテーマです。企業規模間の能力差は、教育訓練機会の差により拡大します。在職者訓練制度のような公的プログラムを拡充し、大企業が行うリスキリング・プログラムに取引先企業の従業員も参加できるようにするといった支援が必要です。

中小企業ではとくに経営者のリスキリングが大切です。中小企業では従来のビジネスモデルを変化させることができず、環境変化により事業を縮小させることも少なくありません。経営者が新しいことを学ぶことで、従業員のスキル向上の重要性や、外部から人材を採用する意図が明確になり、変化への適応力が高まります。

「ジョブ型」と労働移動

もう一つ大切なことは、職務給への移行により「ジョブ型」を拡大するだけでは、賃金は上がらないということです。非正規雇用はジョブ型ですが、低賃金が問題になっています。職務給のもとでの賃上げの仕組みは別に考えなければなりません。

現状、大企業から中小企業へと転職すると賃金が下がってしまいます。そうではなく、小さな企業に移ったとしても給与が減らない、中小企業でも大企業より高い給与が得られるといった、前職以上の待遇で移動できる労働市場を形成する必要があります。それを可能にするのが社歴や学歴ではなく職務レベルで待遇を決定するジョブ型です。

ジョブ型の促進により構造的に賃金を上げていくには、まず、企業ごとに職務レベルに応じた賃金表をつくり、職務能力が賃金増につながる仕組みを整備する、その上で企業を移動しても職務レベルと賃金が上昇するメカニズムをつくる──の二段階の取り組みが必要です。

ジョブ型の人事制度は管理職から導入されるので、労働組合は必ずしもイニシアチブを取れていませんが、スキル形成と賃上げの仕組みづくりは組合運動の本丸です。労働組合が積極的に関与していくことが強く期待されます。

誰一人取り残さない

企業規模間格差はこのように、企業内での努力、取引条件の改善、労働市場の形成という三方向からを改善できます。

デジタル・トランスフォーメーション(DX)やグリーン・トランスフォーメーション(GX)のように大きな変化への対応が求められる中で、体力のある大企業は環境の変化に対応できるでしょう。一方、リソースの乏しい中小企業は支援がなければ取り残されることになり、格差が広がります。「誰一人取り残さない」という観点からも、中小企業に対するより手厚い支援が求められます。

企業のうち99.7%を占め、働く人のうち約7割を占める中小企業の状態は、社会の活力に直結しています。少子高齢化やDX、GXなど社会環境が大きく変化する中で、中小企業で働く人たちが将来に展望を持って働くことは、日本の将来にとっても非常に重要な課題であるといえます。

特集 2022.11中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー