特集2022.11

中小・下請・個人請負のいま
日本経済の底上げに何が必要か
ドイツ中小企業の実態を知る
「隠れたチャンピオン」と日本企業の共通点は?

2022/11/15
ドイツの中小企業と一言で言っても、その存在は多様で一くくりにはできない。実態を捉えながら、議論する必要がある。ドイツの「隠れたチャンピオン」と日本の中小企業に共通点はあるだろうか。
石塚 史樹 明治大学経営学部准教授

ドイツ中小企業のイメージ

ドイツの中小企業に関する主要な議論は、「隠れたチャンピオン」の競争力とその特徴に集中してきました。「隠れたチャンピオン」は、ハーマン・サイモンという研究者が提唱した概念です。サイモンは1996年に出版した本の中で、世界市場でトップシェアを持つドイツの中小企業を「隠れたチャンピオン」として紹介しました。

そのイメージが世界的に広がり、ドイツの中小企業というと輸出志向の機械メーカーが想定されるようになりました。しかし、典型的なドイツの中小企業というものは存在しません。中小企業は雑多な存在であり、「隠れたチャンピオン」はそのごく一部に過ぎません。

そもそもドイツの中小企業は1970年代まで旧世代の遺物として酷評されていました。その見方は1980年代以降、変わります。大企業が石油危機を背景に硬直的な分業体制で行き詰まる一方、中小企業は柔軟な組織構造を背景に輸出を中心に高成長を続けました。サイモンが「隠れたチャンピオン」として紹介したのはそうした企業でした。

ところが、サイモンが紹介した「隠れたチャンピオン」の7〜8割は、従業員数が数千人から1万人規模の企業でした。ドイツの研究機関や経営者団体の定義では、従業員規模500人未満が中小企業とされるのが一般的です。つまり、中小企業とはいえないような企業も中小企業として含まれているのです。

本当の中小企業の姿

そのため、対象を明確にして議論する必要があります。ここでは、(1)従業員規模500人未満の中小企業と、(2)1万人未満の「隠れたチャンピオン」──の二つを分けて、ドイツの中小企業に関するこれまでの主要な研究成果を踏まえた上で得た私の知見をもとに実態を見ていきます。

まず、従業員規模500人未満という基準で見ると、ドイツの民間企業のうち99.5%が中小企業であり、正規従業員のうち約60%が中小企業で働いています。

企業全体の売上高のうち中小企業の売上高は34%を占めており、年間総付加価値額のうち約60%に中小企業が貢献しています。輸出売上高では、中小企業の割合は全体の16%です。

次に、中小企業のイノベーション能力を見てみましょう。スタートアップした中小企業のうち、従来の延長にない新しい技術革新に基づく「ラディカル・イノベーション」に取り組む企業は、9分の1に過ぎません。3分の1の企業は、既存製品やサービスの改善に取り組む企業であり、約半数は既存製品の模倣を行う企業でした。スタートアップ企業でも、革新的な技術やビジネスモデルを背景に高い競争力を発揮している企業はごくわずかであるといえます。

さらに驚くべき数字は、イノベーション活動に取り組む中小企業の割合が低下していることです。2004年には43%だったのが、2018年には19%にまで落ち込んでいます。自企業でR&Dを行う企業も減少しています。背景には、景気の先行き懸念やデジタル投資の優先などが挙げられていますが、こうした傾向を見ると、ドイツ中小企業のイノベーション能力や国際競争力が将来的に落ち込むリスクもあります。

また、海外での事業展開にも影が差しています。ドイツ中小企業の国際競争力は2015年を頂点に減退していると見ていいでしょう。

「隠れたチャンピオン」の特徴

次にサイモンが紹介した「隠れたチャンピオン」の特徴について見ていきましょう。

サイモンは「隠れたチャンピオン」の特徴を次のように描いています。

「隠れたチャンピオン」は中小企業を志向し、多角化を避け、ターゲットを絞った市場で他社の2倍以上のシェアを確保し、技術を生かした差別化戦略によってマーケットリーダーになることをめざします。

経営戦略では、コストリーダーシップ戦略は取らず、差別化戦略で強みを発揮します。価格の安さを売りにせず、価格に見合った価値の提供をめざします。

意思決定は専制的であるとされています。トップは単純でわかりやすい野心的な目標を掲げますが、実行する段階では従業員全員の積極的な参加を歓迎します。技術革新は、経営者と従業員、顧客が一体となり、日々の絶え間ない地道な改善活動によって実現します。

取引関係では、特定の顧客との長期取引関係を重視します。

企業組織では、組織の縦割りや分業を嫌います。そのため、従業員は職種横断的に働きます。事務系の従業員が研究開発に携わったり、技術系の従業員が営業を行ったり、一人の従業員が、研究開発から営業まですべてをこなします。職務記述書は存在せず、労働契約すら存在しないこともあります。

労使関係では、経営者と従業員の密なコミュニケーションが重視されます。地元出身の従業員が多く、採用は、経営者の人脈で決まります。

賃金も会社の都合によって決まります。新技術の導入に伴って設備投資が必要になれば、原資を捻出するために従業員が賃下げを引き受けることもあります。残業は当たり前のようにあり、土日の急な海外出張にも応えなければいけません。顧客先に1カ月間張り付き、家に帰れないようなこともあります。

一方、終身雇用が当たり前ですが、その代わり入社2〜3年の離職率は高いです。会社が従業員に求める要求水準が高いため、それに合わなければ離職していくという背景があります。

日本企業との共通点

このようにサイモンが描いた「隠れたチャンピオン」は、他の中小企業とどのように違うのでしょうか。ドイツの研究機関が、サイモンが定義した中小企業と、その他の中小企業を比較する調査を実施しました。

これによると、「隠れたチャンピオン」企業は、ドイツ国内に1500社程度存在します。これは5人以上1万人未満の企業のうち0.6%を占めるに過ぎません。調査では、市場シェアや輸出比率のほか、売上高に占める新機軸製品の比率が高いことが明らかになりました。

調査の結果示された「隠れたチャンピオン」のイメージは、次のようなものでした。

市場シェアの拡大意識が強く、ニッチ市場でのリーダーシップの継続が最大の目標であり、そのためにイノベーションの最優先目標として新機軸商品の開発を掲げ、新機軸商品の頻繁な市場投入を他社に先駆けて行うことで、優位性を維持する。さらには、従業員への能力開発を重視し、大学や公的機関と連携して研究開発を進める。これが「隠れたチャンピオン」のイメージ像です。

暫定的結論ではありますが、「隠れたチャンピオン」のこうしたイメージは、日本の優れた製造業のモデルに近いといえます。継続的な改善の積み重ね、従業員の能力開発、参加型の問題解決、長期雇用や長期取引関係の重視──。つまり、「隠れたチャンピオン」の強みは、日本の中小企業にも共通したベストプラクティスといえるかもしれないのです。

一方、日本との違いを挙げるとしたら、国や研究機関との連携のあり方です。ドイツでは、国と企業、研究機関が密接にかかわって研究開発を促進します。日本はそのマッチングがドイツよりうまくいっていません。国と企業、研究機関のコミュニケーションの強化が求められるといえるでしょう。

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