常見陽平のはたらく道2022.11

脱「転職予備校」へ
明るい労働移動を考える

2022/11/15
労働移動を会社にも労働者にもメリットのあるものにするにはどうしたらいいか。「明るい労働移動」を考えよう。

書こうかどうか迷ったが、書こう。10月18日付の日経朝刊に「NTT、さらば『GAFA予備校』 人材流出阻止へ人事改革」という記事が載った。記事自体はNTTグループの働き方・人事改革をポジティブに伝えるものではあった。飛行機通勤を含むリモートワークの推進、年功序列の廃止や20代でも管理職になれる制度などが紹介されている。

それにしても「GAFA予備校」とは強烈だ。日経が考えた言葉ではなく、日系企業で経験を積み、外資系のIT企業に転職する実態を捉えたネットスラングだ。不愉快な想いをする人もいることだろう。私も「そこまで言うか」と感じた。一方でこれは、人材獲得競争の一つの側面を捉えた言葉ではある。仕事のやりがい、上司や同僚のレベル感、待遇、働く環境など、よりよい条件を求めて人は移動する。

もっとも、「予備校」として選んでもらえるだけマシだという見方もある。少なくとも新卒で入社し、数年は働いてもらえる。中堅・中小企業の人材獲得難は深刻だ。先日、ベンチャー企業の経営者、幹部と会食したが、やはり大手企業には賃金、労働環境においても勝つことができず、人材獲得競争で競り負けてしまうとこぼしていた。

お気付きになった方もいると思う。そう、実はこれは労働組合運動とも重なる部分がある。「働くためのよりよい環境」を求める行為そのものである。だから、職場の同僚が外資系企業に転職することについて、複雑な想いがあるだろうが、その選択を否定することはできない。

そういえば、数年前に経済団体のシンポジウムに登壇した際に、大手企業の執行役員が「雇用の流動化を進めなくてはならない」と力強く提言していた。翌日、同じ方が「他社に優秀な人材を引き抜かれると困る」と言い出し、ズッコケた。ただ、使用者側の本音が色濃く出ている。いる社員はいる、いらない社員はいらない。

「リスキリング」など「学び直し」の議論も国を挙げた盛り上がりを見せている。はやりの「週休3日制」もそのためのものだ。スキルをつけ直すことで異業種・異職種への転職を可能にしたり、組織内で新しい仕事に取り組んだりするというものだ。もっとも、「スキルをつけて転職」もこの数十年、何度も叫ばれた景色であることも忘れてはならない。

「労働移動」や「雇用の流動化」という言葉の捉え方は労使の立場によっても異なる。実際、この言葉はさまざまな意味を含んでいる。成長分野に人材を送り込みたいという政府や企業の意図はわからなくはない。しかし、労働者不在の議論になっていないか。高まるのは不安の連鎖だけではないか。

もっとも、「労働移動」への関心の高まりは、労働者にとってチャンスでもある。働く環境をよりよいものにしなくては、労働者は逃げてしまう。経営に対して提言するチャンスである。「脱・GAFA予備校」は労組から経営に発信するべきメッセージでもある。いち労働者としては「今の職場がすべてではない」という視点を持つと、心は楽になる。

さて、自らの職場を「人気予備校」から「人気の大学・大学院」に変えるにはどうすればいいか。現場視点の提案をしよう。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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