常見陽平のはたらく道2022.12

自分たちの労働は安すぎないか
価格転嫁を進めよう

2022/12/14
「いいものを安く」が刷り込まれている日本。そろそろ、自身の仕事の価値に目覚めるべき時期に来ていないか。

「安くてうまい!は当たり前」。串揚げ、お好み焼きなど大阪のグルメに関して、よく使われる表現である。客だけでなく、店側が使うこともある。悪気はないのだろう。企業努力の成果とも言える。ただ、働く人にとってあまりに無神経な言葉ではないか。「安くてうまい」は「当たり前」と言い切っていいのか。「安い」も、「うまい」も実現するのは並大抵ではない。特に「うまい」を換金化しないことを美談化していいのか。

会社員時代はコスト意識を植え付けられた。トヨタ自動車をオフィス見学した際は、文房具コーナーにはホチキスの針、付箋などあらゆるものに金額が書かれていた。管理部門で働いていた際には、事業部向けに提供する総務機能などのサービスについて細かく金額を設定し、請求していた。「会社にはタダのものはない」のだ。

コスト意識は「世知辛さ」を感じるものでもある。一方、これだけ叩きこまれているのに、それを顧客に請求することにためらいを感じていないか。

日本は労働者と生活者という、本来は同じ人間であり、さらには同じ人物でもある人同士が争い、足の引っ張り合いをしている社会だ。生活者はひたすら良いものを安く求め、労働者はコスト削減のために疲弊する。人件費もコストとして捉えられ、自らの労働の価値を下げてしまう。カスタマーハラスメントも誘発してしまう。約10年前、ワンオペで話題となった牛丼チェーンで食事をする機会があったのだが、安い牛丼に群がる客に対し、なかなか料理を提供できずに、店内に怒号が飛び交う場に立ち会い、複雑な心境になった。

自身の仕事の価値に、目覚めるべき時期だ。そのためには、商品・サービスを値上げすることに躊躇してはいけない。自分たちを大安売りしていることになってしまう。

新型コロナウイルスショック、ウクライナショックなどの影響もあり、物価の上昇が激しい今日このごろではある。生活者視点でいうと、どうやりくりするか頭が痛むこともあるだろう。ただ、これらが仮に起こらなかったとしても、世界的な人件費や原材料の高騰は避けられない状態だったかもしれない。実際、コロナ前の2019年の段階でも、人手不足やさまざまな原価の高騰から、価格やサービスレベルを見直す動きは見られた。今後、商品・サービスを適切に提供できない可能性さえあり得る。

「いいものを安く」の社会はみんなで苦しむ社会なのだ。適正価格とは何かを考えたい。その際に、所得の向上を意識する。この機会に深く議論したい。消費者としても、安いものを買い求めたくなる時代ではあるものの、その購買行動が誰かを苦しめていないかを考えたい。コスト意識なるものを、自分を苦しめる論理にしてはいけないのだ。

飲食店には、高くて、接客も偉そうで、でもおいしくて、予約がとれない店というものもある。客の方が深々と頭を下げる。やや極端な例かもしれないが、働く環境をよくするためにも、日本経済を前進させるためにも「予約のとれない名店モデル」を検討したい。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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