トピックス2023.06

大使館・領事館 働き方の実態大使館の現地職員の声が集まる
処遇改善へ広がる連携

2023/06/12
各国の大使館・領事館で働く現地職員は、日本と本国の法律のはざまに置かれ、厳しい環境で働いている。各国の現地職員の声からその実態が明らかになりつつある。処遇改善に向けた動きをリポートする。

反響を呼んだ記事

日本のブラジル大使館・領事館で働く現地職員が、労働組合を結成し、情報労連に加盟したことを本誌2021年4月号で伝えた。

この記事は反響を呼び、他国の大使館の現地職員からも多くの相談が寄せられた。その結果、共通する課題が浮き彫りになった。多くの国の現地職員は、本国と日本の法律のはざまに置かれ、厳しい労働条件の下で働いていた。同時に大使館・領事館の現地職員の働き方が、世界的にも制度の矛盾の中にあることが見えてきた。

一部の国では、就労環境の改善が実現している。日本でも現地職員の就労環境の改善が求められている。

ブラジル大使館の労働環境

ブラジル大使館・領事館の現地職員の就労環境を振り返っておこう。ブラジル大使館・領事館の現地職員は、昇給や賞与、交通費などの各種手当、退職金がなく、残業代も払われていない。さらに厚生年金、医療といった社会保険に事業所が加入していないため(在浜松総領事館を除く)、国民年金や国民健康保険に加入している。また、労働条件を巡る問題だけではなく、ハラスメントや不当解雇も起きてきた。

国内の在外大使館・領事館で雇用される現地職員には、労働基準法・労働組合法をはじめとした日本の労働法が適用される。しかし、使用者である大使館・領事館は、本国のルールと日本のルールを都合よく使い分け、日本の法律を守っていない。これが問題の大きな要因だ。

現地職員が本国と現地国のルールのはざまに置かれる状態は、「リーガル・リンボ」と呼ばれる。リンボとは、キリスト教の用語で、天国と地獄の間の状態だ。このような法的に宙ぶらりんの状態に加え、外国公館という性質上、取り締まりが難しいという現実があり、現地職員は厳しい労働環境で働いてきた。

こうした現状に声を上げてきたのが、労働組合だ。在東京ブラジル総領事館で2009年に労働組合が結成されて以降、2017年までに在日ブラジル公館4カ所にそれぞれ労働組合が設立された。この間、2011年には在東京ブラジル総領事館ユニオンが、東京都労働委員会に救済申し立てを行い和解・解決した。この事例は、外国公館の現地職員が日本の法律を使って勝利を収めた先駆的な事例となった。

労働組合の結成は、「無法状態」ともいえる職場の環境を変えてきた。大使館は労働条件を大きく切り下げる就業規則の変更を提案してきたが、労働組合が食い止めてきた。さらに、労働組合があることで不当解雇やハラスメントも大幅に減らすことができた。ブラジル大使館ユニオンの山﨑理仁委員長は、「労働条件は大きく改善はしていないけれど、悪化は確実に食い止めている」と訴える。目下の課題は「任意適用事業所」に分類されるため長年実現しない社会保険への加入と10年以上凍結している昇給だ。

他国の実態も明らかに

本誌がブラジル大使館・領事館の組合結成を伝えてから、情報労連には他国の大使館・領事館の現地職員から複数の相談が寄せられている。情報労連は、その声を集めるとともに、各国の現地職員が集まる意見交換の場を設けている。その結果、多くの国の大使館・領事館の現地職員が法律のはざまに置かれ、一様に厳しい条件で働く実態が見えてきた。

どのような実態なのか。残業代や交通費などが支払われていなかったり、社会保険に加入していなかったりする実態は、ブラジル大使館等と共通している。加えて、加入が法律で義務付けられている雇用保険・労災保険といった労働保険にすら加入していない国もあった。今年4月には、カナダ大使館が現地職員を雇用保険に加入させておらず、現地職員が大阪府労働委員会に救済を申し立てたことが大きなニュースになった。

このほか、ハラスメントや退職勧奨が日常的に行われていたり、休日に大使やその家族のプライベートの買い物に駆り出され、現地職員のクレジットカードを使わされたりといった「召使い状態」で働いている現地職員もいた。山﨑委員長は、こうした実態は「氷山の一角ではないか」と訴える。

大使館・領事館のユニオンをサポートする情報労連の東本朋子オルグは、「各国の現地職員の話を聞くことで、共通した問題が横行していることがわかった。各国大使館には、日本の法律を守る必要があることを最低限理解してもらいたい」と強調する。情報労連は、連合や組織内議員への要請行動などを実施し、状況改善に向けた活動を展開している。

世界共通の課題

問題は日本だけではない。大使館・領事館の現地職員が、法のはざまに置かれ、不安定な状況で働いているのは、世界共通の課題だ。

2011年、世界各国のブラジル大使館・領事館で働く現地職員が、「AFLEX」という労働組合組織を結成した。最大時には約400人が加入。2013年には国会議員などと連携し、ブラジル本国で在外大使館等の現地職員の処遇改善を図る法案が提出した。しかし法案は成立せず、この後、「AFLEX」は休眠状態に追い込まれた。

ブラジルでは2022年、政権交代が実現した。今年4月、ブラジルの大統領がスペインを訪問した際、「AFLEX」で活動していたメンバーらが中心になってストライキやアピール行動を展開した。スペインでは国民が物価高騰に見舞われる中、現地職員は昇給もなく、生活難に直面していた。新政権は弱者や労働者への配慮を掲げて当選したので、現地職員の直面する制度的矛盾の解決に向けた政治への期待は大きい。

処遇改善へ 連携強化を

一部の国では改善の動きもある。ベルギーでは、外国公館現地職員の横断的労働組合の働きかけにより、関係省庁と労働組合の代表からなる「大使館職員調停委員会」が創設された。2018年には外国公館現地職員に一般労働者と同じ労働法や国レベルの労働協約による昇給等を保障する法律の制定も実現した。

「ベルギーでこうした組織ができ、処遇改善が実現したのは、この10年間のできごと。日本でも各国の現地職員との連携を強めて、現地職員に社会保険や各種手当、賞与、退職金など、公益的性格を有する責任ある職務に相応しい待遇が保証される仕組みづくりを政府に働き掛けていきたい」と山﨑委員長は力を込める。

大使館や領事館の業務は、2国間関係を良好に維持し、日本に在住するその国の国民の権利保護に重要な役割を果たしている。現地職員もその仕事に誇りを持って働いている。しかし、労働環境は、本国と日本の法律のはざまにおかれ、厳しい実態にある。処遇改善は差し迫った課題だ。問題を可視化し、社会への発信力を強めるためには、多くの声を集める必要がある。情報労連にぜひ相談を寄せてほしい。

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