常見陽平のはたらく道2023.07

人材の多様性を実現する
採用戦略とは何か?

2023/07/12
職場の多様性や会社の成長に貢献する採用を実現したい。採用をどう見直せばいいのか?

「なんであんなやつを採ったんだ?」民間企業で人事を担当していた頃、経営陣、管理職から若手社員まで、あらゆる社員からこんな罵声を浴びた。「尖ったやつを採れ」「これからは多様性の時代だ」という意見が社内からは出ていた。「同魂異才」が掲げられ、人材の多様性の実現をめざして採用活動にまい進していた。ただ、いざ今までにいないタイプを採用してみると、私に檄を飛ばした人にまで、罵倒された。

採用活動では何度も悔しい思いをした。採りたいと思った学生に限って他社の内定を持っている。エース社員との会食を設定し、学生が行かないような店でごちそうし、口説き落とそうとするのだが、ライバル企業にビジネスのスケール、人材の多様性、待遇などあらゆる点で負け、たたきのめされる。そんな日々が続く。入社後、配属先の上司や同僚と合わず、「辞めたい」という相談を受けたこともあった。会議室で、居酒屋で時間をつくり、愚痴を聞いたが、退職してしまった人もいた。

とはいえ、あのとき私が採った人たちが、企業の成長に貢献した。ヒットコンテンツのプロデューサーとしてメディアに登場する人までいる。あの頃よりもずっと多様性にあふれた企業になっている。微力ではあるものの組織に貢献したと思う。先日、取締役から「採用の礎をつくったのはあなただ」と言われ、胸がいっぱいになった。

職場の人材の多様性を実現するためには、まず採用担当者が摩擦を恐れないことが大切だ。いくら批判されようとも、自分の仕事は組織を変えると信じたい。一方、孤軍奮闘して疲弊、摩耗するのも問題だ。社内の応援団を探したい。これまでにいないタイプを採用することについて「よくぞ採用してくれた」と称賛してくれる経営陣、管理職は複数人いるはずだ。

採用活動は変革しやすい。問題は、採用後のフォローだ。面談などはもちろんだが、上司や現場社員へのヒアリング、サポートも心がけたい。せっかく採用した人が浮いたり、つぶれたりすることをなんとしてでも避けたい。異質な人材が少しずつ増えると、徐々に職場の風土も変わる。空気が変わる瞬間までなんとか耐えるのだ。

一方、多様性を叫んだところで人が集まらない職場というものがある。例えば、採用活動におけるコンプライアンス違反が激しい職場などだ。連合が5月31日に発表した『就職差別調査2023』では、採用活動における不適切な質問の実態がリポートされている。人権に関する意識が高まる中、出自、思想・信条に関連した質問や、明らかに女性を差別したような質問が繰り返されている実態がわかる。このような質問を繰り返す企業は、面接の段階で若者に逃げられてしまうだろう。ただでさえ、若者の日本企業離れが進んでいる中、ますます採用は困難になるのではないか。多様な人材のその前に、誰も集まらなくなる。

求職者から企業が面接されていることを忘れてはいけない。多様性の実現のその前に、人権に配慮した採用活動、いや企業活動を期待したい。そして、採用難は労働者にとって希望でもある。労働環境改善のチャンスだ。「このままでは採れない」。この言葉を発信しよう。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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