この10年間で
働き方の考え方は変わったのか
この連載がスタートしてから10年がたった。この10年間で何が変わったのだろう。立ち止まって考えることにする。大胆に3つに区切るならば、ブラック企業問題、働き方改革、新型コロナウイルスショックが大きなトピックスではないだろうか。
「ブラック企業」が「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテン入りしたのは2013年だった。労働問題に取り組むNPO・POSSE代表今野晴貴氏による同名の著作が大佛次郎論壇賞を受賞したのもこの年だった。ブラック企業の問題は2000年代から顕在化していたし、それまでも過労死は社会問題だった。ブラック企業はネットスラングとして扱われる時代をへて、社会問題となった。この言葉が力を持ち、さまざまな企業の問題が告発された。ただ、その後も問題は解決されるわけではなかった。すでにこの言葉が大きく広がっていたのにもかかわらず、2015年には電通での過労自死事件が発生し、2016年に明るみに出た。
その後、2010年代半ばに、当時の第二次安倍政権が提唱したのが「働き方改革」だった。長時間労働の是正、同一労働同一賃金などが盛り込まれた。さまざまな法案をセットにしたものだった。働き方を巡る議論は加熱した。
さらに2020年春からの新型コロナウイルスショックだ。感染症対策と、経済活動の両立のため、テレワークが広がりを見せた。雇用の維持のためのさまざまな施策も実施された。
さて、2023年の働き方の光景とはいかなるものだろう。在宅勤務が前提で、全国どこでも居住可能、本社への出社時には交通費が15万円まで出る。出社時のオフィスはフリーアドレスで、まるでカフェやホテルのようにおしゃれで、オープンスペースに大画面モニターとソファが設置され、そこで会議が行われている。週休3日制で、副業・兼業は自由だ。男性の対象者全員が育休を取得する。学び直しの機会も用意されている。「ジョブ型」で職務内容、労働条件は明確に定義され、労使で合意する。年収は20代でも1000万円を超え、新卒初任給も月給30万円を超えている。いかにも日経で紹介されそうな先端的な日本企業の働き方をまとめるとこうなる。
ただ、実感が湧く人はどれだけいるだろうか。「労働環境が恵まれている」とされる企業においても、従業員全員がその恩恵を享受しているわけではない。制度が導入されていても、普及度、活用度が必ずしも高いわけではない。ましてや、このような制度は中堅・中小企業に広がっているわけではない。働き方における格差が広がっていないか。そして、この働き方の格差はこの10年で縮まるどころか、むしろ拡大してしまった。気付けば「働き方」という言葉を聞いて、広がる光景はまったく異なるものになってしまった。
もちろん、「働き方」が異なることは必ずしも問題であるとはいえない。業種・職種や本人の事情によって理想の「働き方」は異なる。よりよい労働環境は人材獲得にもつながる。ただ、その選択肢の格差が広がっていないか。この現実には向き合わなくてはならない。
とはいえ、理想の働き方について言い続けることをやめてはいけない。10年間、働き方は労働者の手で変えたのか、使用者や政治家の手で変えられたのか。検証が必要だ。上からの改革ではなく、草の根からの変化が必要だ。