特集2023.11

地域で生かすICT
原動力は現場の力
スマート・シティ実現のカギは
現場の小さなイノベーションにあり

2023/11/13
デジタル技術を地域社会に生かし、暮らしやすい社会をめざすのが、スマート・シティだが、うまくいかない事例も多い。成功のカギは、社会に暮らす人たちのアイデアを生かせるかにある。
森川 博之 東京大学大学院工学系研究科
教授

うまくいかないスマート・シティ

2022年に出版された『スマート・イナフ・シティ』(ベン・グリーン著、人文書院)という本があります。その本の帯には「夢の技術に踊らされてはいけない!?」と書いてあります。

この本のポイントは、アメリカではスマート・シティはうまくいっていないということです。今やテクノロジーを使えば何でもできる時代になっているのですが、スマート・シティでやろうとしていることが住民の求めていることとマッチしていないというのです。

この話はアメリカに限りません。日本でもスマート・シティの導入が促進されていますが、多くの場合、うまくいっていません。アメリカと同様、住民のニーズとの間にがあるからです。

日本では、スマート・シティの促進策というとデータ連携基盤の整備のような大掛かりな話になりがちです。しかし、それをどのように使うのかという視点がなければ持続した取り組みになりません。まずは自治体や住民の本当のニーズを踏まえて、“小さいこと”から始めるのが、スマート・シティの実現のためのポイントになると思います。

小さなイノベーション

スマート・シティとは小さなイノベーションの積み重ねです。その実践例として私がよく取り上げるのが、四国の古紙回収システムの事例です。その仕組みは簡単で、古紙回収ボックスにセンサーとSIMカードを取り付けただけ。それにより回収業者は古紙が回収ボックスにどれくらいの量たまっているかがわかるため、回収コストを下げることができます。おもしろいのは、これをスーパーの駐車場に置いたことです。利用客は、古紙を持ち込むとスーパーのポイントをもらえます。そのポイント代金を負担しているのは、回収業者です。センサーの取り付けで浮いた回収コストの一部をポイント代金に回しているのです。こうすればスーパーも利用客の増加につながります。こうしてスーパーと利用客、回収業者の「三方よし」の新しい価値が生み出されています。これも立派なイノベーションだと私は思います。こうした小さなイノベーションの積み重ねが、スマート・シティの実現にとって非常に重要だと思います。

主役は現場の人たち

大切なのはこうした認識を持つ人をどれだけ増やせるかです。先ほどのイノベーションも現場の人だからこそ出てくる発想です。現場の人たちが、デジタルは難しいから自分には関係ないと思ってしまっては、イノベーションは生まれません。現場の人たちが、自分にもデジタルを使いこなせると思うようになることがスマート・シティの実現のために欠かせません。

その意味では、デジタル人材という言葉の意味を捉え直す必要があります。デジタル人材と聞くとプログラミングができるとか、データサイエンティストとか専門的な知識のある人たちのことを思い浮かべてしまいますが、大切なのはデジタル社会人材ともいえる社会で生活している現場の皆さんです。その人たちがデジタルをうまく使えると思うようになることが大切なのです。

ここ数年間、各地でスマート・シティに関する講演をさせてもらいました。その際、いつも言うのは、「テクノロジーのことは1時間くらい話を聞けばわかります」ということです。例えば、「5Gは低遅延」「AIは分類するテクノロジー」。まずはこのくらいの知識があれば、あとは専門家に相談できる環境があれば十分です。

スマート・シティの主役は、データサイエンティストではなく、社会で生活する皆さん一人ひとりです。生活の中で気付いたことにデジタルを活用してイノベーションを起こしていく。こういう積み重ねがあって、デジタル社会は初めて本物になっていきます。社会で生活する皆さんに「デジタルは怖くない」「皆さん一人ひとりが主役」ということをいかに認識してもらうかが重要です。

「つなぐ」人材こそ大切

そこで私がいつも紹介するのが、NTTドコモの「アグリガール」の皆さんです。これはNTTドコモの法人営業部の従業員が中心となってつくるグループで、部署をまたいで多様な人材が参加しています。彼女たちは理系出身というわけではありません。けれども、現場のニーズとデジタルを結び付けることで新しい価値を生み出してきました。

例えば、「アグリガール」が生み出したヒット商品の一つが、家畜の分娩検知システムです。このシステムの導入で、今までスマートフォンやタブレットを使っていなかった畜産農家の人が生き生きとデジタル技術を使うようになりました。現場のニーズを吸い上げて、デジタルテクノロジーと組み合わせていく。お客さまが何をしたら喜ぶのか。利他と共感力によって現場とテクノロジーをつなげていく。その役割こそが、スマート・シティの実現に求められています。

鹿児島では、企業や自治体をつなぎ新しい価値を創出するという狙いから「IoTデザインガールin鹿児島」という活動が行われています。地元企業約40社から一人ずつワークショップに参加してもらい、現場とデジタル技術をつなごうとする取り組みです。

新しい価値は、現場とデジタル、ステークホルダーなどのさまざまなパーツを組み合わせるところに生まれます。私はこれを「テトリス型経営」と呼んでいます。これまでは技術をつくる側が評価されてきましたが、今後は現場のニーズと技術をつなぐ人をきちんと評価する必要があります。デジタルの時代だからこそ、アナログの人間力が重要になります。

イノベーションを生み出すためには、組織の多様性も重要です。同じタイプの人たちだけが集まってもイノベーションは生まれません。デンマークのスマート・シティの取り組みでは、小中学生も議論に加わっていますが、意識して多様なタイプの人たちに議論に参加してもらうことは、急がば回れでスマート・シティ実現のためのポイントなのかもしれません。

意識変革を促す

たくさんのアイデアが生まれれば、失敗もたくさん生まれるはずです。ただ、そこで大切なのは、なぜうまくいかなかったのかをきちんと分析することです。アメリカの民間宇宙会社の「スペースX」社の社員は、ロケットの打ち上げに失敗した際、素晴らしいデータが得られたと喜んでいました。発明家のトーマス・エジソンも、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない方法を見つけただけだ」と言っています。失敗することがあっても、それを放置せず、なぜ失敗したのかをきちんと分析することが大切です。

日本は生産性が低いといわれますが、デジタル技術を使えば生産性は間違いなく向上します。人口減少社会に直面する中でデジタル技術の活用は不可欠です。

デジタル社会の起点は現場にあります。小さなアイデアがたくさん生まれるような草の根の組織こそ求められています。その意味で労働組合は、現場で働く多様な人の集まりです。まさにスマート・シティの主役です。組合員の皆さんが自分たちこそが主役だと思えるように意識変革を促し、現場にあるニーズをつなげていく場づくりに積極的に取り組んでほしいと思います。情報労連の皆さんに期待しています。

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