特集2023.11

地域で生かすICT
原動力は現場の力
スマートフォン普及100%宣言
高知県日高村の
「村まるごとデジタル化事業」

2023/11/13
高知県日高村は、日本で初めてスマートフォン普及率100%をめざす自治体を宣言した。その狙いはどこにあるのか。めざすべきビジョンは何か。日高村および連携する事業者に話を聞いた。

なぜスマホ普及率100%なのか

人口約4800人、高齢化率43%。高知県日高村は、日本で初めてスマートフォン普及率100%をめざす自治体を宣言した。2021年5月に株式会社チェンジとKDDI株式会社と包括連携協定を提携、スマートフォンの普及と住民の生活の質の向上をめざす「村まるごとデジタル化事業」を始めた。

なぜスマートフォン普及率100%なのか。事業を担当する日高村企画課主幹の安岡周総さんはこう話す。

「コロナ禍で行政のDXが求められていましたが、前提条件が整っていなければサービスを実装しても使えない人がたくさんいるのではないか。そう疑問に思ったことがきっかけです」

その前提条件がスマートフォンの普及だった。

「中国の大手IT企業アリババは、自社のフリマアプリを使ってもらうために、アプリをダウンロードしてもらうことにリソースの9割を割いたそうです。しかし、日高村の場合、アプリをダウンロードする先であるスマートフォンの普及率がそもそも低いという課題がありました。これではサービスを提供しても利用してもらえません」

そこで日高村は2020年5月、スマートフォンの普及率を調査した。全世代ではスマートフォンの普及率は平均65%だったが、70代以降になると普及率は急減し、70代では40%、80代では11%であることがわかった。

「このままではサービスを開始しても行き渡らない。こうした課題は日高村だけではなく他の自治体も同様に抱えています。だから『ファーストペンギン』になってみようとスマートフォンの普及事業を始めました」(安岡さん)

社会課題の解決のため

なぜスマートフォンなのかという背景を安岡さんはさらに説明する。

そもそもICTは、社会課題を解決するためのツールだ。その課題を多く抱えているのは高齢者層であり低所得者層であることが多い。そして、ICTをうまく使えないデジタルデバイド層も高齢者層であり低所得者層であることが多い。そしてこの層は、行政のヘビーユーザーでもある。安岡さんは、「この層のデジタルデバイドを解消せずDXを進めてもサービスは行き届きません。そして、仮にサービス提供を始めても、アナログとデジタルの両方のツールが必要になり、かえって手間がかかり、効率化もできません」と語る。

高齢者がタブレットを持ち歩くことは考えづらい。選択肢としてはスマートフォンしか残っていない。だからこそDXの前提条件としてスマートフォンの普及が必要となった。

住民の声を反映

普及事業では、デジタル地域通貨を活用してスマートフォンの購入支援などを行った。その結果、初回調査から2年後、平均65%だったスマートフォンの普及率は平均80%になった。年代別では、60代では69%から90%に、70代では40%から70%に、80代では11%から33%に普及率が向上した。0〜9歳の子どもなどを分母から除くと村全体での普及率は86%になった。

一方、普及したスマートフォンを実際に利用してもらえるようにアプリケーションの利用促進にも取り組んだ。具体的には「健康」「防災」「情報」「普及」の四つの分野を柱としてアプリケーションを選定し、利用を推奨した。

このうち健康分野では、2023年2月に健康アプリ「まるけん」の提供を開始。リリースから8カ月で約1000人の住民が利用している。

健康アプリ「まるけん」の開発に当たっては、これまでスマートフォンを使っていなかった層の声を聞いて反映した。そこにはさまざまな気付きがあった。

「例えば、アプリのアイコンの上に赤い通知の数字が増えていくのがストレスで、アプリごと消してしまったという人もいました。話を聞くと、通知の数が増えていくと、自分が何もしていないとせかされているような気がすると話してくれました」と安岡さんは話す。

村では事業者と連携してこうした課題を一つずつ解消してきた。安岡さんは、「話を聞いて初めて気付かされることも多かったです」と振り返る。

諦めている人を減らす

事業開始から2年半が経過し、どのような成果を感じているだろうか。

安岡さんは、「スマートフォンの普及率が上がり、住民の皆さんの意識が変わったことが成果」と強調する。

「そもそもこの事業では、高齢者の皆さんが自分でもスマートフォンを使えると感じてもらえるようにしたいという思いがありました。高齢者の皆さんが自分には利用できないと思ってしまえばDXは実現しません」

「この事業を通じて、多くの高齢者がスマートフォンを実は持ちたいと思っていることがわかりました。適切な支援とフォローがあれば、デジタルデバイドは解消できる。それがわかったのが一番の成果です」

このことは支援する側の姿勢を問うことにもつながる。

「住民の皆さんが、本当はスマートフォンを活用したいのに、私にはできないと諦めてしまっているのなら、それは適切な支援ができていないからかもしれません。諦めている住民がたくさんいる地域が元気になるはずがありません。やればできることがわかったのだから、他の自治体の皆さんとも知識やナレッジを共有したい。そうした思いが、『一般社団法人まるごとデジタル』の立ち上げにつながりました」

日高村は、これまでの事業で得た知識やナレッジを社会に還元するために事業者や他の自治体などと連携して「一般社団法人まるごとデジタル」を2023年8月に立ち上げた。こうした場を通じて他の自治体での成果なども取り入れながらデジタル利活用を促進していく構えだ。

連携する事業者の思い

日高村と連携して事業に取り組んできた事業者はどのような思いで参画してきたのだろうか。

日高村と包括提携を締結した企業の一つで、デジタル分野のコンサルテーションを行う株式会社チェンジの松岡源太さんは、「弊社は、中期経営計画で『デジタル』『ソーシャル』『ローカル』の三つが重なる領域での事業展開を掲げているため、日高村の取り組みはまさにそこに合致します。この取り組みを通じたデジタルデバイドの解消が、事業目標達成のための高速道路になると考えています」と話す。

また、KDDI株式会社の木村恵子さんは、「弊社は2022〜24年度累計で1500万人のデバイド解消による『地域共創』を目標として掲げており、デジタルデバイドの解消にも取り組んでいます。なお、デジタルデバイドの解消だけではなく、その先の生活の質向上につながる未来の地域づくりにも貢献していきたい」と話す。その上で、日高村と連携して事業に取り組む中で見えてきたこととして、「地域の具体的な課題が見えてきたことが大きい」と語る。

株式会社チェンジの松岡さんは、「健康アプリを使って歩数を記録すれば、自分も健康になり、医療費の削減にもつながると住民の皆さんに話をしたら、とても関心を示してくれました。スマートフォンを使えば、より良い社会を子どもや孫に残すことができる。そういう風に住民の皆さんがエンパワーメントされる瞬間を目の当たりにできました」と語る。

■       ■

ICTやDXは自分には関係ないと諦めてしまう人が多ければ、活用されない。技術がどれだけ進歩しても、それを使う人がいなければスマートシティは実現しない。日高村の事例からは、地域のICTの利活用に住民のエンパワーメントが重要であることがわかる。安岡さんは、「デジタルデバイドの解消が、遠回りのようで実はDXのための近道だと思います」と強調する。

一般社団法人まるごとデジタルの設立で記者会見に出席した日高村の戸梶村長(中央)ら
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