地域で生かすICT
原動力は現場の力DX成功の鍵は組織文化
中小企業に問われる企業家精神
ITからDXへ
企業の成長発展にとってデジタル・トランスフォーメーション(DX)の重要性が叫ばれていますが、中小企業のDXへの取り組みは決して進んでいるとはいえません。DX以前には、IT化への取り組みが求められてきました。それについても、取り組みの遅れが指摘されていたのですから、IT化以上に求めるものが高次となるDXへの取り組みが進んでいないのは当然かもしれません。
ITからDXへと用語が変わってきたのには次のような背景があります。日本では、2001年にIT基本法が施行され、高度情報通信ネットワーク社会への基盤を整備し、IT化をもって企業の付加価値向上を図る施策が展開されてきました。しかし、多くの中小企業ではITの導入の目的が業務効率化やコスト削減にとどまってしまい、付加価値向上などにつながらない現状がありました。
例えば、日米の経営トップを対象にしたIT投資に対する意識調査でも、日本では業務効率化やコスト削減がIT投資の目的になっていたのに対し、アメリカではそれだけではなく新しい製品やサービスを生み出し、企業の付加価値や競争力向上につなげる目的でITを導入していました。
経済産業省はこの違いを「守りのIT投資」と「攻めのIT投資」と表現し、「攻め」の意識を高めることをめざしてきましたが、その状況は変わらないまま10年、20年と経過し、日本の中小企業のIT活用は進んでこなかったのです。
その間、情報通信技術の活用の幅は飛躍的に広がりました。そのことは、中小企業の成長の可能性を高めています。業務効率化やコスト削減を超えて、これまで以上に新たな付加価値を生み出すビジネスモデルの変革が求められています。DXという用語が使われるようになった背景には、こうした事情があります。
問われる企業家精神
実際、中小企業の目の前には大きなチャンスが広がっています。IT化が始まった当初は、中小企業にとってシステムなどの自社開発や運用は費用がとても高く、手を出しづらいものでしたが、今では、クラウドサービスの広がりやノーコード、ローコードの開発も進んでおり、中小企業でもDXを実践しやすい環境が整っています。同時に人工知能(AI)も発達し、分析の精度も飛躍的に高まっています。こうした環境で、これまでのような単なる業務効率化やコスト削減を超えた、新たな付加価値を生み出せるチャンスが広がっているのです。
そこで問われるのは、企業家精神であり、企業としての価値創造活動だと思います。進化する技術を使ってチャンスをどうつかむのか。ビジネスモデルを変革し、ITツールを活用して新たな付加価値を創造できるかが問われています。
外部とのつながりを生かす
中小企業は、日本にある企業358万社のうち99.7%を占めています。このうち85%は、従業員の少ない小規模企業です。こうした状況で中小企業がDX専任の担当者を置くことは困難です。そのため中小企業ではDXのために外部人材を活用することが大切です。
実は経済産業省は、そのための制度をつくっています。2001年に設けられた「ITコーディネーター」制度です。現在、全国で7000人弱のITコーディネーターがいます。
この人たちは、ITと経営の両方の知識を持っており、中小企業のDXをサポートできますが、問題は中小企業の現場での認知度が低いことです。中小企業支援団体などはその存在をもちろん知っていますが、中小企業経営者にはまだ知られていないことが多いのです。
こうした現状に対し、各地のITコーディネーターは、中小企業支援団体などと連携したセミナーを開催するなど、地域のベンダーとユーザー企業とのマッチングにも取り組んでいます。
また、中小企業の経営者にリーチしていくためには、金融機関や税理士など、地域の経営者と日ごろから接しているプレーヤーの存在も重要です。地域コミュニティーの主要なプレーヤーを巻き込むことができれば、地域全体のDX推進に大きく貢献できると期待しています。
DXと組織文化の創造
DXを実践するためには、組織の文化や風土が非常に重要です。ITがいかに進化したといっても、現状では企業の成長のためには人間の知恵や思考力が不可欠です。その際に求められるのが現場からのアイデアです。ITの活用は、従業員が活躍するためのツールと考えるとよいでしょう。経済産業省のデジタルガバナンス・コード2.0も、DX実践のためには従業員を巻き込む組織風土が重要であることが意識されています。
経済産業省が行ったコンテストで受賞したある企業では、業務時間内に従業員に業務改善のアイデアを出してもらい、経営者がそれをすぐに実践し、そこから生まれた利益を1年後に従業員に還元するようにしたところ、従業員のやる気が高まり、アイデアがたくさん出てくるようになりました。IT化を進めるに当たっては、従業員が活力を持って働くことが重要であることを示す事例です。ITが導入されたら自分たちはいらなくなると従業員が思うようでは組織の発展は望めません。
例えば、東京商工会議所が行ったアンケート調査では、企業のIT導入と活用の状況は、経営者の年齢以上に、従業員の平均年齢の高さと相関していることがわかりました。従業員の平均年齢が高いほど、IT導入と活用が進んでいないのです。このことは、従業員の平均年齢が高い企業ほど従業員の意識を変えていくための工夫をする必要があることを示しています。実際、高年齢層であってもITツールの良さを知り、そこからさらに活用が広がったというケースは多くみられます。小さな成功事例でも従業員と共有するなど、ITツール活用のハードルをいかに下げるかがポイントです。
これまでのやり方で大丈夫だと思うのは、企業の課題を発見できていないからかもしれません。課題を発見し、解決できる人材を育成することが企業にとって重要です。
パーパス経営とのつながり
このように見た場合、DXの実践は、パーパス経営の考え方と極めて重なると思われます。理念とめざす姿がなく、ただ単に業績を上げようとか、DXで変革しようとか経営者が言っても従業員には伝わりません。そうではなく、自社の存在意義や3年後、5年後の自社のあるべき姿を従業員と共有し、全社一丸となってそこに向かうことが重要です。こうしたパーパス経営の考え方は必然的にDXの実践とも重複します。
つまり、周りがITやDXが必要だと言っているからとりあえず使ってみようとか、技術の導入ありきでDXを進めようとすると、かえって組織が混乱し、経営にとってマイナスの結果を招いてしまいます。DXによってどのような企業をめざすのかを従業員と共有し、DXに対応できる組織文化を創造することが重要なのです。DX推進は、組織づくりであると考えるとよいでしょう。
ITの飛躍的な発展によって中小企業の目の前には大きなチャンスが広がっています。このチャンスを生かすかどうか。中小企業の経営者が企業家精神を発揮することがDXの出発点だといえます。