特集2023.12

「柔軟化」「2024年問題」などへの対応
労働時間はどうなった?
日本の「働き過ぎ」と労働時間の柔軟化
個別管理でも労働組合の役割は重要

2023/12/13
長時間労働の問題が長らく社会的課題になっている日本。一方では、テレワークの広がりに伴うフレックスタイム制の導入など、労働時間の個別化・柔軟化が進んでいる。長時間労働をどのように是正すべきだろうか。
山田 久 法政大学教授

長時間労働の実態は残る

日本人一人当たりの平均総実労働時間は、着実に低下してきました。1980年代は2000時間を超えていましたが、1990年代から低下傾向をたどり、2000年代後半からはアメリカを下回るようになり、2020年には1600時間まで低下しています。

ただし、ここにはいくつかの留意点があります。一つは、労働時間の短いパートタイム労働者が増え、全体の平均時間が押し下げられていること。日本は、パートタイム労働者とフルタイム労働者の労働時間が二極化しており、その中間層が少ないという特徴があります。その結果、パートタイム労働者が増えると全体の平均労働時間数が押し下げられます。フルタイム労働者だけを見ると労働時間はさほど減少していません。

もう一つは、いわゆる「不払い残業」の存在です。国際比較で使われる厚生労働省の「毎月勤労統計調査」は、事業所を対象に賃金が支払われた労働時間を聞いています。一方、総務省の「労働力調査」は、労働者個人が回答します。その結果を見ると、2022年の年間総実労働時間は1800時間を超えており、「毎月勤労統計調査」より200時間近く多くなっています。「不払い残業」等を含めると長時間労働の実態は残っているといえます。

長時間労働の三つの背景

ではなぜ日本は長時間労働の傾向があるのでしょうか。大きく三つの背景があると考えています。

一つ目は、日本の雇用システムです。日本の働き方は、いわゆる「メンバーシップ型」で、それぞれの仕事の範囲を明確化せず、チームで協力しながら働くという特徴があります。こうした働き方では、お互いの仕事をカバーしながら働くため、組織のメンバーが全体として長時間労働になりがちです。

ここには人材育成もかかわっています。欧州には仕事に関する一定のスキルを学校段階で身に付けられる仕組みがありますが、日本では学校から未熟練のまま企業に採用されるため入社後の教育訓練にある程度の時間をかける必要があります。その方法も現場でのOJTが中心で長時間労働になりがちです。

加えて日本の長期雇用を中心としたシステムでは、特定の企業内で評価される企業特殊能力が重視されます。この場合、企業特殊能力はその他の企業では評価されないため労働者は転職すると不利になります。その結果、労働者は企業に対する交渉力が弱くなるため、長時間労働を受け入れてしまうという経済学的な説明もあります。

二つ目の背景は、顧客の要求に長時間労働してでも対応すべきという日本の商慣行です。日本の産業システムは「品質力」を重視し、「いいものを安く売る」ビジネスモデルが基本になってきました。そのことが結果として、多くの顧客が気にしない細部までこだわる「過剰品質」につながり、長時間労働の背景の一つになってきました。

三つ目は、家族システム(生活様式)です。日本では、特に男性に顕著ですが、生活時間全体における労働の割合が、物理的な意味でも心理的な意味でも大きくなっています。男性は仕事を優先し、仕事に没頭する一方で、女性は家事や育児を担うという旧来型家族システムの名残りが、日本の長時間労働の要因の一つになっています。

これら三つの背景は、どれか一つが突出しているわけではありません。それぞれが相互補完的に存在することで長時間労働を助長しています。複合的な要因だからこそ根本的な解決が難しいため、長時間労働の実態は表面上の数値より改善していないという問題があります。

柔軟化の影響

こうした背景がある中で、労働時間の柔軟化につながる仕組みが導入されるとどうなるでしょうか。例えば、テレワークに関しては、日本生産性本部が継続したアンケート調査を実施しています。これによれば、テレワークで働いている労働者は「オンとオフの切り替えがあいまいになる」などの傾向があり、タイムマネジメントの難しさから長時間労働になりやすい傾向が読み取れます。

また、裁量労働制に関しても厚生労働省の「裁量労働制実態調査」などを見ると、長時間労働につながりやすい傾向が読み取れます。仕事の進め方に裁量があったとしても、業務量に関する裁量がなければ労働時間は長くなりがちです。

このように、あいまいな職務や過剰品質、低い時間管理の意識という背景がある中で、テレワークや裁量労働制を導入してもそれだけでは長時間労働は是正されません。むしろそれらによって助長される側面があります。

では、長時間労働を是正するためにはどのような対応が求められるでしょうか。そのためには、ここまで述べてきた三つの背景に対応するような取り組みが求められます。

例えば、雇用システムの側面からいえば、仕事や責任の範囲を明確化したり、現場のOJTに代わる代替手段を考えたりしなければいけません。顧客との関係では、ゆがんだ顧客志向を変革し、適正な価格や条件で販売できる商慣行へ見直すことが求められます。働き方の意識を見直すことも大切です。

増える制約のある労働者

そもそも長時間労働の是正がなぜ求められるのでしょうか。

過重労働の是正のためであるのは言うまでもありませんが、安倍政権下で始まった「働き方改革」の最初の文脈は、女性活躍でした。家事・育児が女性に偏ると男性の長時間労働が標準になってしまい、女性は重要な仕事を任されず、賃金格差が生まれてしまいます。そのため男性の長時間労働を是正し、男性も家事や育児に参加する必要があるというのが、「働き方改革」の最初の文脈でした。

しかし長時間労働の是正が必要なのは、男女格差の問題だけにとどまりません。近年は、介護をしながら働く「ビジネスケアラー」も増えています。育児や介護など、生活上の制約を抱えつつ働く従業員がメジャーな存在になっています。少子高齢化で労働力人口の減少を迎える中、労働時間を一定程度短くしなければ、人材を確保できないという根本的な問題が生じているのです。

労働組合の役割

生活上の制約を抱える労働者が増えると、柔軟な働き方が求められるようになります。そのため、労働時間規制の柔軟化は必要です。

一方、労働時間規制が柔軟化すると、それぞれのケースが個別管理化するので、人事部から見えづらい問題も起きやすくなります。

そこで労働組合の役割が求められます。労働組合は、労働時間のルールが柔軟化・個別化する中であっても現場で生じている問題を聞き取り、労働組合として会社に伝えてほしいと思います。労働時間管理が個別化したとしても労働者個人の力で問題を改善するのは困難です。労働組合が現場の組合員の声を集め、集団的な関係の中で対応することは、やはり必要です。個別管理だからといって労働組合の役割がなくなるわけではありません。現場の声を吸い上げて運用の改善に結び付ける労働組合の役割は高まっているといえます。

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