「柔軟化」「2024年問題」などへの対応
労働時間はどうなった?「上限規制」は女性管理職を増やすのか
業務量と人員数のアンバランスが根本問題
──2021年に「『働き方改革』による時間外労働規制は女性管理職を増やせるか」という論文を執筆されています。どのような問題意識だったのでしょうか。
2019年の「働き方改革関連法」で時間外労働の上限規制が導入され、原則は月45時間以内とされたものの、年の半分以下なら最大月100時間まで可能で、月45時間を超える時間外労働は残りました。この状況下で、共稼ぎカップルが2人とも時間外労働して昇進を狙う戦略が可能なのかに関心がありました。
論文では、時間外労働が係長昇進に与える影響を調べました。女性管理職を増やすには、前段階の係長を増やす必要があるからです。使ったデータは上限規制導入前ですし、その後のテレワークの普及といった要素は含まれていません。そのため前提となる社会的条件が変化している可能性はあります。また、ここでお話しするのは、最終学歴が大学・大学院の人にだけ当てはまる結果です。
分析でわかったのは、係長昇進にプラスの影響を与える時間外労働は、月45時間超のもの限定ということです。月45時間以内の時間外労働は、時間外労働しない場合と昇進確率に差がなかった。つまり、共稼ぎカップルが月45時間以内の時間外労働をして2人とも係長をめざす戦略は有効ではないのです。
家族的責任のある共稼ぎカップルの場合、どちらかが月45時間を超えるような長時間の時間外労働をするなら、もう一方は自らの時間外労働を抑えざるを得ないでしょう。その場合、現状では男性が長時間労働を、女性が労働時間を抑制する方を、選択しがちです。
以上を踏まえると、「働き方改革」による時間外労働の上限規制の緩さゆえに、この改革は、長時間労働を前提とした昇進構造や高学歴共稼ぎカップルの昇進戦略を大きく変えることにはつながらないと考えられます。
──そもそもなぜ昇進のために長時間労働が必要なのでしょうか。
日本的な雇用システムでは、長期安定雇用が前提となっており、法システムの面からも正社員数を調整しにくいため、業務量の変動には、正社員の人数ではなく時間外労働や配置転換、非正規雇用などで対応してきました。
その上で、このような時間外労働の変動や柔軟な配置転換に対応できる正社員人材を、昇進面でも手厚く処遇してきました。多くの場合それは家族的責任を担わないとされてきた男性正社員でした。
──今年(2023年)ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授は、そうした働き方の違いを男女の賃金格差の要因に挙げています。
ゴールディン教授が指摘したのは、同じ職業であっても、顧客の要望にいつでも応える「オンコール」な仕事をするなど、労働時間を多く投入する人の方が賃金が高く、キャリア形成上も有利であること、そして家族的責任ゆえに労働時間投入量に大きな男女差があり、それが男女間賃金格差の要因になっているということでした。
ゴールディン教授が主に述べているのはアメリカの弁護士の事例で、それと日本の正社員一般とを直接比較はできないと思います。ただ、家族的責任と両立できないような長時間労働や転勤を受け入れる一部の正社員には高い賃金と昇進・昇格で報い、それができない正社員・非正規雇用労働者との間に大きな賃金差やキャリア形成上の違いがあることが、男女の賃金格差や昇進格差に結び付いている日本の現状は、ゴールディン教授の指摘と共通するところがあると思います。
──ゴールディン教授は、男女間賃金格差が縮小した職業として薬剤師を例に挙げています。チーム単位での業務進行や業務の標準化、情報の共有化などによって、業務の偏りがなくなり、賃金格差が縮小したという説明です。
時間外労働を減らすためチーム単位での仕事や業務の標準化・偏りの解消が求められるのはそのとおりでしょう。しかし、チーム単位での仕事という面では、多くの日本企業はこれまでにもそうしてきたのではないでしょうか。それが労働時間短縮を実現してきたとは言いづらいところがあります。
──どのような対策が必要でしょうか?
やはり日本の長時間労働の根本的な問題は、仕事の量と人員数が釣り合わないことにあると思います。繁忙期にも対応できる一定のゆとりある人員配置をするか、業務量に応じて人を雇い入れたり減らしたりなど人員数の増減で対応できるようにするかしないと、長時間労働は抑制されないのではないでしょうか。
日本企業は業務量が増えても社会保険料負担の増加を避けるために正社員を増やさず非正規雇用労働者を増やしてきました。その結果、正社員はますます長時間労働せざるを得ない立場に追いやられています。こうした状態を改善するためにも、人員調整に対する労使の共通認識を見直す必要があると私は考えています。また、正規と非正規の賃金格差の問題もあわせて解決しなければなりません。
業務量と人員数のアンバランスを解消しなければ、長時間労働やそれに伴う男女間賃金格差の問題を解消できません。業務量に合わせて人を増やす一方で、業務量が減り仕事がなくなっても、条件が悪くならず他の仕事に移れたり、生活が保障されたりすることも大切ではないでしょうか。そのためには政労使が、企業の枠を超えて労働者を支援する仕組みをつくることが求められます。