特集2023.12

「柔軟化」「2024年問題」などへの対応
労働時間はどうなった?
医学的知見と法律を結び付けた
労働時間規制の見直しが必要

2023/12/13
時間外労働の上限規制が導入されるなどの法改正が行われてきた日本の労働時間規制だが、今後どのような見直しが求められているだろうか。医学的知見を生かした見直しを提言する立正大学の高橋賢司教授に聞いた。
高橋 賢司 立正大学教授

日本の問題点

日本の労働時間規制の問題点の一つは、2019年の「働き方改革関連法」が成立するまで時間外労働の上限規制がなかったことです。歴史を振り返ると、1947年の労働基準法制定案の第5次修正案まで上限規制案は法案に含まれていましたが、実現しませんでした。その40年後の1987年に労働基準法が改正され、法定労働時間が週40時間に見直された時も上限規制は導入されませんでした。1日8時間、週40時間という基準は、あくまで割増賃金上の区切りという性格を持つに過ぎませんでした。

一方、時間外労働を規制する仕組みはうまく機能してきませんでした。割増賃金で時間外労働を抑制するという仕組みは不払い残業が横行する中で空洞化しました。36協定は特別条項を結ぶことで上限時間が実質「青天井」になり、36協定に違反した場合の罰則も十分に機能しませんでした。その結果、日本は国際的に見ても長時間労働が可能な状況が続いてきました。

こうした状況は2019年に「働き方改革関連法」が成立し、時間外労働の上限規制が導入されたことで変わりました。しかし、上限規制が導入されたといっても、上限規制のハードルは低く、勤務間インターバル制度も努力義務にとどまっています。上限規制は、特別条項を締結すれば最大で月100時間未満という時間外労働が設定できます。これはいわゆる労災認定にあたっての「過労死ライン」と同じ水準です。加えて、勤務間インターバル制度もあくまで努力義務であり罰則はありません。

「働き方改革」の法改正は、一歩前進と評価できますが、規制としては不十分だと捉えています。

柔軟化と健康リスク

こうした議論の一方、日本の労働時間規制は、1980年代後半以降、柔軟化が進みました。具体的にはフレックスタイム制度やみなし労働時間制度の導入です。この時期は世界的に労働時間管理の柔軟化が進んだ時期でもあり、日本もその潮流に乗る形で労働時間の柔軟化を進めました。

確かに、すべての人が9〜17時で働くわけではないので労働時間の柔軟化は必要です。問題は柔軟化そのものにあるわけではなく、上限規制がないままに柔軟化を進めることにあります。

実際の労働時間が長期化する中で、労働時間規制の柔軟化を進めると特定の人に業務が集中し長時間労働が助長されるという指摘は当時からありました。ふたを開けてみると実際そうなりました。

一方、ドイツやフランスも柔軟化を進めましたが、両国では実際の労働時間の多くは週40時間を下回る水準で規制の柔軟化が進みました。国外の潮流に乗って労働時間規制の柔軟化を進めたものの、土台となる労働時間の実際の水準が異なっていたため、日本では長時間労働の問題が生じたといえます。

それだけではなく、変形労働時間制やみなし労働時間制は、生活リズムが一定にならないという問題があります。例えば、変形労働時間制は特定の期間に長く働ける制度です。場合によっては深夜労働も生じます。その結果、生活や睡眠のリズムが崩れ、さまざまな健康障害が生じるリスクが指摘されてきました。

日本産業衛生学会の交代勤務委員会が1978年に公表した夜間・交代勤務に関する意見書は、古い資料ですが、交代勤務にかかわる不規則労働や睡眠不足による健康への影響に関する重要な問題を提起しています。フレキシビリティを高めた結果、生活リズムが崩れ、健康に重大な影響が及ぶリスクを認識する必要があります。

医学的知見を生かす

日本の労働時間規制をどのように見直すべきでしょうか。私は医学的知見にそのカギがあると考えています。

労働時間規制は、働く人の生命や健康にかかわる重大な問題です。にもかかわらず医学的な所見が十分に反映されてきませんでした。医学的には長時間労働が健康に悪影響を及ぼすことはよく知られており、長時間労働が急性心筋梗塞のような脳心臓疾患のリスクを高めることは有名です。しかしそうした医学的な所見は、労災認定に使われる一方、労働時間規制に反映されてきませんでした。

これはおかしなことです。長時間労働が働く人の生命や健康に影響するのはわかっているのですから、その医学的な知見を労働時間の上限規制にも反映させるべきです。

私は、こうした問題認識を持つ医師や弁護士などと共同して労働時間規制に関する研究を行いました。多くの論文を分析した結果、1日11時間以上の労働、週55時間もしくは60時間以上の労働を連続して行うようになると脳心臓疾患を引き起こすリスクが高まることがわかりました。

こうした医学的な知見は、労働時間の上限規制に反映していくべきです。具体的には1日11時間という労働時間の上限規制や1日12時間の勤務間インターバル制度を導入すべきです。先ほど述べたように1日11時間以上の労働で健康障害のリスクが高まります。そのため1日の労働時間は11時間以内にすべきです。それを踏まえ勤務間インターバル制度は、12時間か13時間にすべきです。1日の労働時間11時間に休憩時間1時間を足すと12時間になります。これを踏まえると勤務間インターバルは最低12時間必要になります。これはあくまで最低限のラインで、理想は1日の労働時間の上限を10時間にし、勤務間インターバルを13時間とすることです。

日単位・週単位の規制を

EUでは、11時間の勤務間インターバルが義務化されていますが、これは国家間の妥協によるもので医学的な知見に基づくものではありません。日本で今後議論するに当たっては医学的な知見を制度に反映させることが重要です。

加えて、医学的な見地からは深夜労働の規制が求められます。EUには深夜労働を規制する仕組みがありますが、日本には深夜労働自体を規制する仕組みがありません。実際、深夜労働から連続して働くようなケースが過労死等事件につながっています。深夜労働の時間数を規制し、勤務間インターバルを設けることができれば、過労死等の防止に役立つはずです。

今後、労働時間規制を見直すに当たっては、このように1日単位で労働時間を規制する仕組みが必要になります。労働時間規制は、年単位よりも月単位、月単位よりも週単位、週単位より日単位の方が厳しいといえます。ドイツの労働時間の上限は1日8時間、残業しても10時間となっています。裁量労働制の労働者であってもこの上限規制が適用されます。このように1日や週単位で労働時間の上限規制を設けていくことが大切です。

医学的な知見と法律の規制が結び付かなければ健康障害は防げません。両者を結び付けた方が結果的に経済の持続的な発展にもつながります。医学的な知見を生かしつつ働く人の健康を守り、経済を発展させていくという発想が大切です。

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