特集2024.04

歴史と運動から学ぶ
労働組合はなぜ必要なのか
デジタル時代の
労働組合の役割とは
社会への情報発信の強化を

2024/04/10
世界では、インターネットを活用した労働運動が展開されるようになっている。既存の労働組合は、時代の変化に合わせてどのような役割を発揮できるだろうか。労働運動の新しい形を探る。
中村 天江 連合総研主幹研究員

──インターネットなどデジタル技術を活用した労働運動が広がっています。

三つの背景があると捉えています。

一つ目は技術革新です。インターネットやSNSなどの発展に伴い、既存の労働組合もそれらのツールを利用するようになっています。

二つ目は、労働運動と社会運動の統合です。欧米では、労働組合の運動が企業内に閉じたものから社会課題の解決をめざす方向へ変化しています。その中で、社会に訴える手法としてインターネットの役割が高まっています。かつてはデモやマス・メディアの活用が社会に訴える方法でしたが、SNSなどがその役割を果たすようになりました。

三つ目は、プラットフォーム経済の発達です。ウーバーなどのプラットフォーム労働にどう向き合うかも含め、プラットフォーム経済の発展が、デジタルと労働組合の結節点になっています。

──インターネットを活用した運動のメリットとデメリットは?

インターネットを用いた労働運動にはメリットもデメリットもあります。

最も大きいメリットは、距離や時間を超えてあらゆる人が情報にアクセスできることです。従来は、職場や地域のような小さい範囲にしか行き渡らなかった情報が、時間と場所を超えて発信できるようになり、職場や地域を超えた運動が可能になりました。運動へのアクセシビリティの向上は、インターネットの最も大きな優位性です。

一方で、オンラインでは、対面で集まった時ほどの団結力や共感力を生み出せないという弱点もあります。欧米でインターネットを活用している労働組合は、オンラインと対面をうまく組み合わせています。

──インターネットを活用した運動で注目のものは?

2017年にイギリスで生まれた「Organise(オーガナイズ)」というオンラインプラットフォームがあります。オーガナイズは、オンライン上で、誰もが匿名で参加できる労働条件の改善プラットフォームです。2024年3月現在、100万人を超える会員が登録しています。

オーガナイズに登録した人は、プラットフォーム上でキャンペーンを展開することができます。キャンペーンには、さまざまなものがあり、例えば、ハラスメントをどうにかしたい、職場の「ワンオペ」を解消したい、休憩時間中の無償労働をなくしたいなど、多様なものが含まれます。キャンペーンを提起した人は、プラットフォーム上で賛同者を得て、企業に嘆願書を提出するなどして、労働条件を改善していきます。問題が解決するとキャンペーンは終了します。

伝統的な労働組合の強みは、組織が永続的で活動を長く続けられることです。労働組合は、職場のさまざまな問題に対してマルチイシュー型の運動を展開するのに対し、オーガナイズは、テーマを一つに絞り問題が解決すれば解散するというワンイシュー型の運動基盤です。

オーガナイズでは、都度、取り組むテーマが一つなので、鮮度の高い情報を瞬時にたくさん集め、発信力を高めることができます。これは、インターネットプラットフォームならではの強さです。

また、オーガナイズの特徴は、誰もが運動を起こせることです。伝統的な労働組合は職場や地域のような共通項の上に成り立っていますが、オーガナイズは違います。オーガナイズの登録者は基本的に匿名で、どこの誰かわかりません。それでも人々は、特定のイシューに共感してキャンペーンに参加し、情報を提供し、知恵を出し合います。職場や地域を超えて特定のイシューの下に人々の力を集め、影響力を行使できるのは、インターネットプラットフォームならではの強みだと思います。

──こうした運動の背景には既存の労働組合の機能不全もあるのでしょうか。

その一面は間違いなくあると思います。オーガナイズの創設者Nat Whalleyさんが、なぜこの仕組みを立ち上げたかというと、友人が妊娠して解雇されたときに職場の労働組合が取りあってくれなかったことがあったといいます。イギリスの組合組織率は22%まで低下し、特に若い人ほど労働組合に加入していません。労働組合が地盤沈下を起こす中で、オーガナイズがそこからこぼれ落ちる声の受け皿になっています。

オーガナイズは企業の外の社会的な影響力を使い目的を達成しようとします。その力の源泉は、インターネットで可視化された声の大きさであったり、売り上げや株価、企業への評判といったビジネスへの影響だったりします。インターネットでの情報発信は、社会が問題に対する感度を高めることにつながります。

日本の企業別組合は、問題をできるだけ社内で解決したいという内部志向で、企業の中で黒子や空気のような存在をめざす組合も少なくありません。しかし、労働組合が存在感を高めるためには、企業の内外での情報発信をもっと強化した方がよいと考えています。UAゼンセンが取り組んだ「カスタマーハラスメント」が好例です。社会への問題提起のために情報発信に力を入れることが、労働組合への理解や信頼につながります。

Whalleyさんは、オーガナイズは労働組合と対立するものではなく、むしろ労働組合もオーガナイズをうまく活用してほしいと訴えています。労働組合は職場や地域に密着し永続的に連帯する良さを生かしつつ、社会に問題を訴える力を強めてほしいと願っています。

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