特集2024.04

歴史と運動から学ぶ
労働組合はなぜ必要なのか
市場経済は労働組合がないと成り立たない
経済学から見た労働組合の存在意義とは?

2024/04/10
経済学的に労働組合は必要な存在なのだろうか。識者は、むしろ労働組合がなければ市場経済は成り立たないと指摘する。それはなぜだろうか。
橋元 秀一 國學院大學教授

アダム・スミスの発見

経済とは基本的に生産と消費の繰り返しです。経済学では、その二つをどのようにマッチングさせるかが常に課題になってきました。

経済の発展とは財やサービスがより豊かに、効率的に提供されるようになることです。自給自足の小さな社会であれば、生産と消費のマッチングは容易でしたが、生産能力が向上し、社会がある程度大きくなると、今度は領主や貴族などの支配者が生産と消費をコントロールするようになります。生産と消費が人為的に調整された時代です。

その後、生産能力がさらに拡大し、市民革命を経て支配者がいなくなると、生産と消費を誰が調整するのかが問題になります。その問題を真剣に考えたのが、アダム・スミスでした。

グラスゴー大学の教授だったアダム・スミスは、グラスゴーの街を歩きながら、市場では価格が上がったり下がったりしながら、需要と供給が一致することを発見しました。市場には、各自が自由な判断で取引をしたとしても需要と供給がマッチして、財やサービスが効率的に提供されるメカニズムがあることを発見したわけです。

そして、産業革命を経て、大規模工業の時代に突入すると、市場は、(1)生産物の売買を行う財・サービス市場と、(2)労働者が自らに必要な財やサービスを得るために自らの労働力を売って所得を得る労働市場に分かれ、その二つの市場の間で生産と消費の循環が本格化するようになります。市場経済は、この二つの市場を循環することで成立します(図)。

図 単純な経済循環図
(出典)橋元教授提供資料から作成

市場経済の「うそ」

ところが、ここで大きな問題が生じます。市場経済は、需要と供給の価格メカニズムがあることで成立します。しかし労働市場ではそれが成立しないのです。

財・サービスの市場は、需要と供給のバランスによって価格が上がったり、下がったりしながら、均衡点が形成される価格メカニズムが働きます。

それに対して、労働市場ではそれが成り立ちません。労働市場の需要側は、労働力を必要とする経営者です。経営者は、労働力の価格(賃金)が高ければ、その購入を後回しにすることができます。しかし、供給側である労働者はそういうことができません。労働者は、その日の労働力はその日にしか売ることができません。例えば、労働市場における今日の価格の均衡点が時給100円だとしましょう。労働者はその日に働かないことができたとしても、その日の労働力を次の日に持ち越して売ることはできません。労働力は、意思や人格を持つ人間の身体に宿る働く能力という特別な商品だからです。今日の労働力は、時給100円でしか売れないのです。これでは市場経済の大原則である価格メカニズムは働きません。つまり、労働市場は市場として成り立っておらず、ひいては市場経済自体が「うそ」だということになります。

 成り立つ「ふり」をさせる

実際、歴史の流れとともに市場経済の「うそ」は現実になっていきます。産業革命後のイギリスでは、労働市場を自由な取引に任せた結果、長時間労働や低賃金がまん延し、労働者は家族を形成することができず、労働力の再生産ができなくなっていきます。

こうした経験を経てイギリス政府は、労働市場を自由な取引に任せると市場のメカニズムは機能しないことに気付きます。そして、市場経済を成り立たせるためには労働市場に特別な対応をしなければいけないということに気付くのです。

その結果、イギリス政府は、労働市場だけに特別な対応をとるようになります。具体的には、工場法という法律で労働力の売買に関する最低基準を設けます。これは自由な取引を規制するという意味では市場経済の原則に反するものです。労働組合の法制化も同じです。労働組合による団体での価格交渉はいわゆる談合に当たり、ストライキは営業の自由の妨害に当たります。こうした特権は、市場経済の原則に本来当てはまらないものです。しかし、市場経済が成り立つ「ふり」をするためには、労働者にこうした特別な権利を与え、需要側と供給側が対等に取引をしている構造をつくらなければならないということに経験から気付いたのです。こうした特権を与えることで市場経済は、ようやく安定していきます。

労働組合が経済レベルを決める

経済学から見た労働組合は、労働力の供給組織として、労働力を高く売るための組織です。逆にいうと市場経済は、労働組合の存在なしに成り立ちません。労働組合のあり方が市場経済のレベルを決めるといえます。つまり、労働組合が労働力をどれくらい高く売るかによってその国の市場経済のレベルが決まるということです。労働組合が弱く、その機能を発揮できなければ、市場では劣悪な取引が増え、19世紀のイギリスのような状態になり得ます。その意味で、労働組合は社会の基盤を担っているのです。

市場経済を成り立たせるためには、このように労働組合に特別な権利を与える必要がありますが、市場経済にはこのほかにも本質的に備わる問題があります。その一つが「市場の失敗」と呼ばれる現象です。「市場の失敗」には、(1)独占・寡占による市場メカニズムの阻害、(2)市場で供給されない財・サービスである公共財の必要性、(3)外部不経済、(4)情報の非対称性──があります。

一方で、市場メカニズムが機能するがゆえに生じる問題もあります。それが、(1)市場が機能することで生じる格差問題、(2)コントロールできない景気変動(恐慌の発生)──という問題です。

従って、「市場の失敗」と格差への対応、景気の安定化という三つの問題に対処することで、市場経済は安定します。労働組合はここでも役割を発揮できます。労働組合が、政府の役割を統制する社会的・政治的な役割を発揮することで、市場経済は安定して成立できるのです。

つまり、労働組合には、(1)市場経済の仕組みの基盤を担う役割、(2)市場経済を安定して成立させる社会的・政治的役割──という二つの役割があるといえます。

日本の現状

こうした議論を踏まえて日本の現状を分析するとどうでしょうか。日本では、長らく賃金が停滞し、労働力の再生産もうまくいっていません。これは労働組合の機能がきちんと発揮されてこなかったからだといえます。

日本では、人手不足で労働市場がひっ迫し、労働者側に有利な状況があるはずなのに、なぜそうなっているのでしょうか。私は、日本の労働市場が、(1)大企業正社員、(2)中小企業、(3)非正規雇用──の三つに分断されているからだと考えています。つまり、大企業で正社員の労働市場がひっ迫しても、大企業は間接雇用として中小企業への外注に依存することで、労働市場での取引ではなく、企業間取引として労働力を確保できるということです。大企業は正社員の需要が高まると、中小企業への発注を増やしたり、非正規雇用を増やしたりすることで対応できました。このことは、労働組合の機能が発揮されない取引で労働力を確保することを意味します。こうした「経済の二重構造」は、依然として存在しています。そのため、労働組合としては、大企業・中小・非正規雇用の三つの労働市場を統合し、労働市場での取引を優位にする努力をすることが重要です。

労働組合がなければ、健全な市場経済は成り立ちません。皆さんが、その自覚をもって運動を展開されることを強く期待しています。

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