特集2024.04

歴史と運動から学ぶ
労働組合はなぜ必要なのか
女性にとっての労働組合とは?
現場の声が
イノベーションを引き起こす

2024/04/10
女性労働者は労働組合をどのように活用してきたのだろうか。一方で労働組合は女性労働者の声をどのように反映してきたのだろうか。現場の女性の声を受け止めることが労働運動にイノベーションをもたらす。
萩原 久美子 桃山学院大学教授

画期的な三つの運動

労働組合は歴史的に製造業の男性を中心に組織化されてきたため、女性が労働組合運動全体に与えたインパクトや貢献はあまり注目されてきませんでした。もちろん日本では繊維など女性の多い産業での成果は労働運動史において高く評価されていますが、多くは主流の労働組合運動史とは別建ての「女性の運動」としてくくられてきました。

しかし、女性が労働組合の運動方針や労働政策を変革してきた事例や成果はいくつもあります。女性を中心に労働組合が組織を挙げて取り組んだ代表的な運動として以下の三つが挙げられるでしょう。(1)日教組の男女同一労働同一賃金運動、(2)全電通(現NTT労組)の育児休職協約、(3)ゼンセン同盟(現UAゼンセン)の「母性保護統一闘争」です。

男女同一労働同一賃金運動は、日教組の1950年代の運動です。戦後、学校職場は男性教員よりも女性教員の賃金が低く、労基法第4条「男女同一労働同一賃金」の実現を求めました。教員や公務員は男女別なく働けるイメージがありますが、こういう運動があってのことです。

二つ目の育児休職協約は1964年、全電通が当時の電電公社との間で締結しました。今日の育児休業制度の原型でもあり、世界的に先駆けてといっても過言ではない運動の成果です。

三つ目の「母性保護統一闘争」は1970年代の取り組みです。繊維不況とオイルショックで従来の賃上げ方針が立ち行かなくなった時、ゼンセン同盟は女性リーダーの発案で職場の託児所設置や育児時間、育児休業協約化など働きやすい職場づくりを掲げました。中小企業含めて全国的に大きな成果を上げました。

イノベーションの源

女性の経験から出発したこれら運動はその後、1980年代の男女雇用平等法要求となり、男女雇用機会均等法の成立へと連なっていきます。さらに、これら運動の要求は今日の職場において重要な課題である同一労働同一賃金、ワーク・ライフ・バランス、DEI(ダイバーシティ・エクィティ&インクルージョン)の実現要求です。男性の経験を優先する運動では思いつかなかったようなテーマや職場のあり方が女性の経験をもとに提起され、日本の労働組合運動にイノベーションをもたらしたのです。

例えば全電通の育児休職については電電公社が高度成長期の人手不足の対応として女性の多い電話交換手職場の要求に対応したという「女性の運動」としての評価がなされることがありますが、実態は違います。

当時の電電公社は電話交換の自動化を進めており、電話交換手の余剰人員を解消するため、既婚電話交換手の退職勧奨を行っていました。組合側は効果的な対抗策が取れず、行き詰まった女性の組合リーダーたちはある会議で「こんな職場にしたい」という夢を語り始めます。その中で出たのが、産休のあと、保育が見つかるまで休み、職場に復帰するという構想でした。これなら預け先がないからと電電公社の早期退職を選ぶしかない女性のためになり、休職者を前提とする人員増が必要になると考えたのです。

そんな制度は、世界を見渡してもどこにもありません。反対意見もありました。でも、全電通は女性の提案を否定せず、組織として夢を要求へと転換し、要求を交渉へ、協約化へと進めていきます。「できるわけがない」と言われた協約化を4年かけて実現をしました。

日教組、ゼンセン同盟の運動も同じです。女性の経験を女性が中心になって要求にまとめ上げ、労働組合が全体の運動方針として取り組む。男性の経験こそが労働者全体の要求だと位置づけて、「女性は女性だけでご勝手に」ではイノベーションは起きなかったでしょう。

「参加」のあり方

この歴史的な経験を踏まえると、労働組合は女性の「参加」と「代表性」の問題を分けて考えることが必要だと考えています。女性の労働組合への参加・参画はともすれば「役員数」「役員のなり手」問題として捉えられます。しかし、これは組織における女性の「代表性」保障の課題です。これが区別できないと、女性役員の数や女性役員の課題を女性の「参加」意欲と混同することになります。

女性は役員としての組合内部「昇進」よりも、職場の仲間に寄り添う職場委員や職場での活動にやりがいを見いだすというイギリスの調査があります。私の調査でも「役員」にはならないけれど、職場と役員をつなぐ「連結ピン」のような女性の存在が「参加」を促すと聞きました。

職場集会に出席する、意見を伝える、組合役員と気軽におしゃべりする。これはすべて「参加」です。「働きづらい」「しんどい」経験を女性が安心して語れる人がいるのか。女性が気軽に思いを伝えられる場なのか。そんな「参加」の入り口があって、「代表性」保障の重要性が伝わる。女性の労働組合での歴史的な経験や事例はそれを物語っています。

労働組合の運営のあり方にも大胆な提案がほしいと思います。イギリスの例ですが、職場委員などの役職を2人で担当する「ジョブ・シェア」のような柔軟な運営も実践されています。

男性中心で運営されてきた労働組合で女性の経験をそのまま言葉にしてもなかなか受け止めてもらえません。でも、労働組合は本来、「夢を語っていい場所」です。その提案、その経験を「ありがとう!」「面白い!」と受け止める場であれば、「参加」から「代表」へのルートに乗る女性も増えるのではないでしょうか。

労働組合の女性化現象

製造業の縮小とサービス部門の拡大という産業構造の変化によって、1990年代以降、欧米では「労働組合の女性化現象」が指摘されてきました。アメリカでは女性、マイノリティーの組織化が進み、労働組合員数の男女差はほぼ解消されました。

支部レベルでも着実な変化が起きています。ある公共バスの運転手でつくる労働組合支部長は女性でした。彼女は、パートタイム運転手から労働組合のリーダーになり、同じ女性の仲間であるパートタイム運転手、シングルマザーという経験からフルタイムとパートタイムの処遇格差の解消を実現しました。子どもの教育環境の向上を求める教員のストライキや保育士の組織化でも女性リーダーが運動をけん引しています。

日本では労働組合に占める女性組合員の割合は長らく30%に届かなかったのですが、2010年代に35%まで上昇しました。組合の女性化現象の兆候が見えてきたのです。企業別労働組合が中心の日本で、アメリカと同じことが起きるとは言えませんが、男性中心の労働組合運営や運動方針も変化の時を迎えているということです。

女性に労働組合員としての自覚を説くのではなく、女性が「参加」する労働組合であること。女性も「参加」できる環境の変化を感じ取ってほしいです。多様な人が労働組合運動に参加し、活動する。そこから労働組合、労働運動のイノベーションが生まれると考えています。

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