職場のダイバーシティー推進
一人ひとりが働きやすく能力の生かせる社会へ企業の意思決定にケアの視点を
ジェンダー平等を進める理由とは?
ケアと企業の責任
持続可能な社会のためには、人間が生きていくために必要なベーシックなニーズが満たされることが必要です。食事をしたり、家事をしたり、休養をしたりといった、人間が生きていくために必要な行為のことです。
そうしたニーズを自分一人で満たせる人もいる一方、他者のケアが必要な人もいます。わかりやすいのは赤ちゃんや子どもです。ただし大人であっても他者のケアが必要な人はいます。障害のある人や高齢者だけではなく、健康な人であっても病気になればケアが必要です。そもそも働き盛りの男性正社員も家庭でケアを受けていることが多いです。
持続可能な社会のためにはベーシックニーズを満たすためのケアが必要なのに、既存の経済学や法律では、それらは誰かが勝手にやってくれるものであり、自然に湧き出るようなものだと捉えられてきました。しかしケアというのは、誰かが勝手にやってくれるものでも、自然に湧き出るようなものでもありません。社会としてきちんとケアを提供する時間と労力を確保することが不可欠です。
そこに企業の責任があります。企業は、利益を上げるためだけの存在ではなく、社会を持続可能なものにするための存在です。従って企業にはそのために必要なケアの時間を確保する責任があります。これまでの日本企業は、その責任を十分に果たしてきませんでした。つまり、ケアは誰かがやってくれるものだと考え、その責任を外部に押し付けてきました。
企業の意思決定が、自分でケアをしない男性ばかりになってしまうとケアの視点が抜け落ちてしまいます。こうした課題に対応するためにも、企業の意思決定にジェンダー平等が必要になります。
最近の研究では、意思決定の場にジェンダーも含め多様な人がいると重要な利害関係者の視点が抜け落ちにくくなり、間違った判断を回避できるようになるといわれています。このことは企業にとってもメリットになります。ケアの視点を企業に埋め込むためにも意思決定におけるジェンダー平等が必要です。
管理職になりたがらない問題
企業の意思決定を測る一つの要素が、管理職のジェンダー平等です。近年、女性の管理職登用に取り組む企業は増えていますが、日本の女性管理職比率は国際的に低い水準にとどまっています。
背景の一つに、昇進に対する男女の意欲の差があります。男性に比べ女性の方が昇進に対する意欲が低いのは、個人の問題というより、組織の問題が大きいと考えています。つまり、新入社員の時代からどのような仕事を任せて、どのように配置して、育成してきたのかという企業の人事管理が大きく影響しています。
日本では、昇進を前提とする総合職と、昇進が期待されていない一般職に分けた雇用管理が行われてきました。それが2010年代後半以降、一般職からも管理職を登用する動きが強まっています。ところがそこで管理職になりたがらない女性の問題が起きています。
一般職の女性たちはなぜ管理職になりたがらないのでしょうか。それまでの育成の仕方に原因があります。一般職の女性は、異動して部署全体のことを把握しなければ管理職になれないと考えています。しかし、異動を繰り返す総合職は部署の細かい仕事まで把握しているわけではありません。こうした見え方の差は、異動の有無によって生まれていて、マネジメントの仕組みそのものが昇進への意欲を下げてしまっています。実際は管理職になるにあたって異動を必須要件にする必要はないはずです。また、一般職の女性は管理職になることを前提に育成されていません。そのため「いまさら」という意識もあります。このようにこれまでの人事管理のあり方が女性管理職の登用の一つの壁になっています。
管理職の働き方の見直し
管理職の働き方自体にも問題があります。日本の管理職の特徴は、プレイングマネジャーが多く、労働時間が長いことです。中間管理職であれば、上司と部下との板挟みになり、自分で意思決定ができるという感覚もあまり得られません。こうしたことから「そこまでして管理職になりたくない」という女性は少なくありません。
管理職で結婚している人の割合は、男性の方が高く、女性は男性の半分程度です。子どものいる女性管理職の割合はさらに低いです。独身で子どものいない女性でなければ管理職になるためのハードルが高いということです。
この問題を改善するためには、管理職の働き方を見直す必要があります。端的に言えば労働時間を短くする必要があります。24時間の対応が求められるような管理職のあり方は、男性にも受け入れられなくなってきています。これまでの管理職の働き方を続けていれば、企業としても有能な人材を管理職に充てることができなくなってしまいます。
以前、調査でインタビューした短時間管理職の女性は、業務量を減らすために部下にさまざまな権限を委譲していました。業務改革が自分でできるのも管理職の力です。この女性の場合、自らの力で業務改革ができていましたが、多くの場合、企業のサポートが必要です。
大切なのは、管理職も含めてすべての従業員にケアの時間が必要だと捉え、仕事量を設定することです。これまでは、ケアをしない人だけが管理職になるという前提でしたが、それを見直す必要があります。
ヨーロッパでは、労働時間の短縮とともに管理職割合の男女平等が進んでいます。個人の労働時間が短くなれば、ケアの有無によって昇進が左右されることもなくなります。
女性の管理職比率を高める呼び声が高くなる一方、日本で女性の管理職比率が他国に比べて高まらないのは、管理職の働き方という肝心なところを変えられないからです。
すなわち、労働時間を短くすることが管理職割合のジェンダー平等につながる一番の対策です。すべての従業員がケアをするという前提で働き方を見直す必要があります。それが企業の責任としてケアを負担することです。
労働組合も同じ
このことは労働組合も同じです。ある組合で講演をした際、幹部の人が、組合員のために24時間活動できなければ労働組合役員は失格だと話していました。そのままでは女性の組合役員は増えないでしょう。組合活動のあり方を見直す必要があります。
2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授の研究は、時間的要求の高い仕事の構造を変え、労働時間の代替がきくようにすることで、無限定の働き方の価値を見直せることを示しました。これまでの働き方や運動のあり方の先入観を見直し、職場の意思決定や組合活動におけるジェンダー平等を進めてほしいと思います。