特集2024.06

職場のダイバーシティー推進
一人ひとりが働きやすく能力の生かせる社会へ
ダイバーシティーをむしばむハラスメント
周囲に与える影響は?

2024/06/12
職場のダイバーシティーの実現を阻む壁となるのがハラスメントだ。ハラスメントはそれを受けた人だけではなく、周囲の人にも悪影響を及ぼす。どのような影響があるのか。ハラスメントを分析した識者に聞いた。
孫 亜文 リクルートワークス研究所
研究員・アナリスト
【図表1】 ハラスメントを受けたかどうかと幸福感・生活満足感・仕事満足感
出典:リクルートワークス研究所(2020)『職場のハラスメントを解析する』

誰がハラスメントを受けているのか

リクルートワークス研究所では、全国約5万人の同一個人の就業実態を毎年追跡調査する「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を行っています。この調査では毎年、職場でハラスメントや差別を見聞きしたかということを継続的に聞いています。2020年の調査では、「ハラスメント」を特別調査項目として設定し、自分がハラスメントを受けたことがあるかなどの質問項目を追加して調査を行い、報告書にまとめました(『職場のハラスメントを解析する』)。

結果を見ていきましょう。まず、ハラスメントを受けたことのある人の割合です。雇用されている人のうち16.4%がハラスメントを受けたことがあると回答しました。ハラスメントを見聞きしたことがあるとする人の割合は、2015年の16.5%から2019年の20.7%に増加していました。

ハラスメントを受けたと回答した人のうち、ハラスメントを誰から受けているかという質問(複数回答)に対しては、上司が76.9%と最も多い回答でした。同僚は27.8%、顧客・取引先は8.4%、部下は4.8%でした。ハラスメントの種類(複数回答)では、パワーハラスメントが85.0%、セクシュアルハラスメントが12.7%、その他が18.2%でした。

性別で見ると女性の方が男性よりも有意にハラスメントを受けやすいこと、年齢別だと40代、50代で高く、60歳以上になるとハラスメントを受ける割合が減少するものの、30代から50代にかけては有意な差はありませんでした。その要因として考えられるのは役職です。役職別に見ると係長級や課長級といった多くの人と接する中間管理職がハラスメントを受けやすいことがわかりました。

雇用形態別では非正規社員より正規社員の方がハラスメントを受けやすいこともわかりました。これは正規社員の仕事の質や内容にかかわっていると考えられます。正規社員の仕事は責任が重く、プレッシャーも強いです。かつ他者と協働する仕事が多いので、そうした仕事の質が影響していると考えられます。

ここまでの分析でわかることは、ハラスメントが発生するメカニズムは複雑であり、さまざまな人がさまざまな場面で受けているということです。だからこそ、職場で働く人も、いろいろな場面でハラスメントを感知する可能性があります。

本人と周囲への影響

では、ハラスメントは被害者や周囲の人にどのような影響を及ぼすのでしょうか。被害者本人と周囲への影響についての分析結果をみてみましょう。

まず、ハラスメントを受けた人の「幸福感」や「生活満足感」「仕事満足感」をみてみると、ハラスメントを受けた人は、受けなかった人に比べて、それらの割合がいずれも低いことがわかりました(図表1)。特に「仕事満足感」が低いという結果になりました。

また、ハラスメントを受けた人は、受けなかった人に比べて転職意向が高くなります。なかでも転職意向がありつつ、転職活動をしている人の割合が高くなっていました。ハラスメントを受けた人は、実際に転職活動を始める割合が高くなるということでしょう。

では、ハラスメントを見聞きした人たちの状況はどうでしょうか。ハラスメントを見聞きしたことが仕事満足感に与える影響を分析すると、ハラスメントを見聞きした場合、翌年に仕事に満足する確率は1.7%ポイント低くなりました(図表2)。加えて、ハラスメントを見聞きした時点で仕事に満足していた人は、さらに4.5%ポイント翌年に仕事に満足する確率が低くなっていました。つまり合計6.2%ポイント、仕事満足度が下がったことになります。同じようにハラスメントを見聞きした場合、「生活に満足する確率」「幸福だと感じる確率」も下がることがわかりました。

また、ハラスメントを見聞きすると転職活動をする確率や転職する確率も高くなります(図表3)。このようにハラスメントはそれを受けた人だけではなく、周囲の人にもネガティブな波及効果があることがわかりました。

【図表2】仕事満足感、生活満足感、幸福感、メンタルヘルスへの影響(%ポイント)
出典:リクルートワークス研究所(2020)『職場のハラスメントを解析する』
【図表3】 転職活動、転職有無、就業有無への影響(%ポイント)
出典:リクルートワークス研究所(2020)『職場のハラスメントを解析する』

職場のパフォーマンス

職場のパフォーマンスに対するハラスメントの影響も分析しました。その結果、ハラスメントを見聞きした人がいる場合、翌年のその職場のパフォーマンスが高い確率は、そうでない場合よりも高まる結果が出ました。これは予想とは反対の結果でしたが、そもそもパフォーマンスが高い職場は、ハラスメントも起きやすい職場であることが考えられます。職務特性との関係性をみると、職務の複雑性が高く、責任の重い仕事に従事しているほど、パフォーマンスも高く、ハラスメントも見聞きしやすい結果でした。

だからといってハラスメントを放置していいわけではありません。先ほど見たようにハラスメントはそれを受けた人にも周囲の人にもネガティブな影響を及ぼします。ハラスメントがなければもっと高いパフォーマンスを上げていた可能性もあります。高いパフォーマンスを出せる環境を、ハラスメントを過小評価する理由にしないことが大切です。

金銭換算すると……

個人の満足度を用いて、ハラスメントの効果の金銭的評価を行いました。ハラスメントを受けたと感じた場合の所得補償額は仕事満足感では1758.6円でした。これはハラスメントを受けることによって、時給換算で約1758.6円分の仕事満足感が失われたことを意味します。この金額は雇用者の平均時給(分析で用いたデータにおいて)の1761.1円の99.9%に相当します。つまり、ハラスメントを受けても仕事満足度を下げずに埋め合わせするためには、今の倍の賃金を支払う必要があると解釈できます。加えて、ハラスメントを受けていなくても見聞きしたと感じた場合の所得補償額は、107.3%でした。

他の指標と比較してみましょう。他の研究では、残業があることによる仕事満足感低下の所得補償額は361.5円で、スキルを高める機会がないことによる仕事満足感低下の所得補償額は1233.3円でした。ハラスメントが生じた場合の影響の大きさがわかると思います。

求められる対策とは?

報告書ではこうした分析を踏まえて、パワハラの発生要因や抑制要因も分析しました。その結果、パワハラの発生要因として「成果の過度な追求」と「上意下達の組織文化」があり、抑制要因として「組織のコミュニケーション・多様性の確保」という要素があることがわかりました。特にパワハラを抑制するためには、ジェンダーや年齢構成、経験年数などの属性がバランスよく配置されていることに加え、他者の反応におびえたり恥ずかしさを感じたりすることなく、安心して発言や行動ができる環境(心理的安全性)が重要であることが見えてきました。

こうした結果から言えるハラスメント対策としては、まずは上意下達の組織文化を変革し、ダイバーシティーを実現したオープンな職場風土をつくることが挙げられます。その上で心理的安全性の確保は欠かせません。そのために安心して相談できる環境の整備や、組織のトップのメッセージが重要です。

労働組合としては、ハラスメントのこうした現状を踏まえ、対応を経営側に働き掛けに安心できる相談窓口としての役割を発揮してほしいと思います。

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