特集2024.06

職場のダイバーシティー推進
一人ひとりが働きやすく能力の生かせる社会へ
インクルーシブな社会の実現へ
障害者と「働き合う」場を増やす

2024/06/12
2024年4月から、民間事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化された。インクルーシブな社会をさらに進めていくためには、障害者と障害のない者が「働き合う」場を増やすことが大切だ。
朝日 雅也 埼玉県立大学
名誉教授

合理的「配慮」の意味

2006年に国連総会で障害者権利条約が採択された際、“reasonable accommodation”という言葉が、「合理的配慮」と翻訳されました。Accommodationには、和解や調停、折り合いという意味もありますが、「配慮」という表現になったことで、障害のある人に「配慮をしてあげる」というイメージがつきまとうことになってしまいました。実際には「調整」や「折り合い」のような言葉の方が求められることを適切に表現していると思います。

合理的配慮とは、障害のある人が当たり前の権利を行使するために必要な調整を行うことです。これは障害者に「配慮をしてあげる」という意味ではなく、人間として当たり前のことができるようにするという意味です。配慮というと、どうしても配慮されるマイノリティーと配慮するマジョリティーに分けて考えがちですが、何かをしてあげるというよりも必要な調整だと捉えることが重要です。

先入観を払拭する

合理的配慮を実践する際は、まず、「障害のある人はこんなことをするはずがない」とか「こんなことを希望するはずがない」といった決めつけから解放されることが重要です。具体的に対応するにあたっても、「できるわけがない」とはなから決めつけるのではなく、「できるようにするためにはどうすればいいのか」というベクトルで考えることが、合理的配慮のスタートラインです。

その上で、障害者の希望に100%のことができないこともあるでしょう。それでも負担を少し軽くしたり、利用しやすくしたりすることが大切なのであって、「白か黒か」の二項対立で考える必要はありません。どうすれば実現できるか、前向きなコミュニケーションをとることが重要です。

障害者の要望がSNSで「炎上」することがあります。その背景には狭い障害者観があるのかもしれません。私も過去に、障害者雇用でトラブルに遭ったからもう雇いたくないという経営者の声を聞いたことがあります。しかし、一度の経験で障害者全体のことを決めつけることはできません。障害のあり方は多様であり、障害者にも多様な人がいます。先入観や固定観念で決めつけるのではなく、どうすれば問題を少しでも解決できるのか対話の場面を増やすことが重要です。

障害者を見えなくしている日本

その意味で、障害のある人とない人がともに「働き合う」ことがとても大切だと考えています。同じ職場で一緒に働くことで、ときには意見のぶつかりはあるかもしれませんが、互いを知り、認め合うことにつながっていきます。

しかし、日本の場合、就学期から障害者と「学び合い」「働き合う」環境が整っていません。障害者を見えない離れた場所に置くような傾向すらあります。そのため大人になってから急にインクルーシブな職場を実践しようとしても障害に対する理解や経験がないことが多いです。障害者雇用を「代行」するようなビジネスもありますが、それでは「働き合う」ことはできません。「働き合う」場をどのように増やしていくのかが課題になっています。

個性を生かす

障害者を見えないようにしている職場は、一見すると生産性や効率性がいいように思えるかもしれませんが、実は障害者の能力を生かし切れていないだけかもしれません。

実際、障害者の個性を生かして品質向上などにつなげている企業はあります。厚生労働省は、障害者雇用に関する優良な中小事業主を「もにす認定」という名称で認定しています。認定された企業に共通しているのは、障害のあるなしにかかわりなく、一人の従業員として捉えていることです。

障害者を戦力として採用し、人手不足の解消や業績の向上につなげている企業もあれば、障害を一つの個性と考え、障害者を特別扱いせず、賃金体系も健常者と同じにしている会社もあります。こうした取り組みの結果、採用にプラスに働いたという企業もあります。一人ひとりに対応する企業の姿勢が、求職者にも評価されているのだと思います。

障害のない人にも仕事の得手不得手があり、それを互いに補い合って仕事をしているはずです。障害者雇用もそれと同じです。障害のあるなしではなく、一人ひとりの違いを生かす視点を持ち、個性を伸ばすことができれば、企業は障害者雇用とかかわりなく、成長できるはずです。その意味で、障害者雇用は企業にとっての試金石なのだと思います。

労働組合への期待

私は、インクルーシブな社会のためには、「語り合い」「譲り合い」「分かち合い」が重要だと考えています。意見の相違からときに対立することはあっても、語り合い、どこかで譲り合い、分かち合うことが大切なのだと思います。正解はないかもしれませんが、改善に向けた歩みを続けることが大事です。

そうした対話と実践の積み重ねが社会を一歩ずつ前に進めていきます。そのためにも対話と実践の場をどれだけ増やしていけるかが大切です。労働組合は、ともに働く仲間として、一歩踏み込んで本音を語り合える対話の場を設けることもできるはずです。労働組合が「働き合う」場づくりを進めてくれることを期待しています。

特集 2024.06職場のダイバーシティー推進
一人ひとりが働きやすく能力の生かせる社会へ
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー