特集2024.06

職場のダイバーシティー推進
一人ひとりが働きやすく能力の生かせる社会へ
高齢化社会とエイジズム
組織・働き方の見直しが必要

2024/06/12
高齢化が進む社会で顕在化してきたのが、年齢に基づいた差別「エイジズム」だ。高齢者の能力を生かすことがますます重要になる中で、エイジズムの課題に向き合うことがいっそう求められている。
片桐 恵子 神戸大学教授

エイジズムとは?

差別にはさまざまな種類があります。エイジズム(年齢差別)は、レイシズム(人種差別)、セクシズム(性差別)に続く、三つ目の「イズム」だといわれています。エイジズムが他の差別と異なるのは、誰もが加齢を経験することで自分が差別する側から差別される側へ立場が変化することです。

エイジズムに決まった定義はありません。よく言われるのは、「高齢であることを理由とする系統的なステレオタイプ化と差別のプロセス」というものです。

エイジングとは加齢を意味します。その意味で赤ちゃんのときから加齢していくので、高齢者のことだけを指すわけではありません。

エイジズムは、「ある年齢集団に対する否定的もしくはあらゆる偏見・差別」とも定義されます。こちらは年齢を根拠にしたあらゆる差別が含まれる点で広義の定義だといえます。この定義では例えば、「今時の若者は……」という見方や、「就職氷河期世代」「ゆとり世代」のように特定の世代に対する偏った見方もエイジズムに含まれます。

ただ、エイジズムは一般的に高齢者に対する差別として捉えられることが多いです。現在、高齢者の定義は65歳で、日本の高齢化率は約3割に迫っています。その意味で3分の1の人が差別される対象になっているということです。

高齢者の偏ったイメージ

エイジズムの問題は20世紀後半から出てきました。大きな要因は、平均余命が伸びて高齢者が増えたことです。1947年の日本の男性の平均余命は約50歳、女性は約53歳でした。高齢者になる前に亡くなる人が多かったのです。

それが医学の発展などに伴い寿命が長くなり、高齢者が増えました。平均余命が伸びる中で「寝たきり老人」などの問題が起こり、高齢者の「QOL」が社会的課題になりました。さらに産業構造の急激な進化に伴い高齢者の持つ知識が役に立ちづらくなりました。戦後は生産性や企業の利益を重視する考え方が広がり、その中で高齢者は生産性が低いという考え方が浸透しました。これらの背景によって、高齢者が社会的弱者、「弱くて役に立たない」というイメージが生まれ、エイジズムの問題として顕在化するようになりました。

世代間交流の重要性

エイジズムには「認知」「感情」「差別」という三つの要素があります。「認知」は例えば病気がちで弱いというイメージ。「感情」は、一緒に働きたくないというような感情。「差別」は、それらが表出したあからさまな言動のことです。

「認知」という点では、高齢者に対する知識が少ないことが問題です。以前の高齢者と今の高齢者では健康状態や働いている人の割合も含めて大きく変わっています。「弱くて役に立たない」という認知を変えるために今の高齢者について正しい知識を学ぶことも大切です。

また、偏見や差別をなくすために大切なのは、互いに交流することです。しかも、何かの目標に向かって互いに協力し、ともに達成するような行為をすることが効果的です。例えば、高齢者雇用に力を入れる企業ではシニア層の強みを生かしたメンター制度などが実践されていますが、こうした機会を増やすことが有効です。高齢者に説明するのは時間がかかるから「コスパ」が悪いという考え方では、多世代間交流は進みません。

一方、高齢者から若手に対しては、問答無用で相手に自分の意見を押し付けるようなやり方はやはり嫌われます。ダイバーシティーの基本は、相手の話を聞く態度です。「俺の話を聞け」という態度ではどうしても嫌われてしまいます。社会的地位の高かった人は、より気を付けなければいけません。

組織のエイジズム

日本には、組織に強烈なエイジズムが存在します。年齢によって一律に雇用を打ち切る定年制はその一つの表れです。特定の年齢に達したことを理由に一律に雇用を終了したり、賃金をカットしたりする施策は、年齢差別以外の何物でもありません。こうした施策は、意欲のあるシニア層のやる気を奪っています。

経営層が高齢者への一律的な対応をなかなか変えられない一方、就労者個人では高齢就労者に対して悪いイメージを持っていません。

私は以前、若手就労者と高齢就労者に対して、互いにどのようなイメージを持っているのかを調査したことがあります。その結果驚いたのは、若手就労者は高齢就労者に対して多くの項目で良いイメージを持っていたことでした。例えば若年就労者は、信頼や真面目さなどの項目で高齢就労者のことを自分たちより高く評価していました。確かに肉体労働やICT関連の項目の評価は高くなかったのですが、多くの項目で若年就労者は高齢就労者を高く評価していることに驚きました。

このことは、若年就労者の高齢就労者に対するイメージが悪くないことを意味します。イメージをなかなか変えられないのは経営層の方なのかもしれません。

エイジズムの問題に向き合おうとすれば、現役世代の働き方も見直す必要があります。かつての男性正社員のように「モーレツ」に働ける社員の働き方に合わせればいいというのでは、組織はゆがんでいきます。若い人たちを中心にそうした働き方を好む人が少なくなる中で、高齢者も含め、すべての人が活躍できる職場環境をつくらなければ、日本全体の持続的な成長は望めません。職場には多様な人が働いているという前提で、お互いの強みが生きるように協働する発想が求められています。

労働組合への期待

労働組合はエイジズムの問題にもっと向き合って、高齢者雇用に関して会社と協議してほしいと思います。高齢者の多くは正規雇用ではないので、多様な働き方への支援もしてほしいと思います。

また、シニア世代が社会貢献できる仕組みを構築してほしいと思います。例えば、情報通信産業の労働組合であればICTスキルのある人が多いと思います。その力を地域における高齢者のデジタル活用支援などにぜひ生かしてほしいと思います。

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