特集2026.05

カスタマーハラスメントから労働者を守る
防止措置義務施行に向けた対応のポイント
カスタマーハラスメントはなぜ起きるのか
加害を減らすために働く人が知っておきたいこと

2026/05/15
法改正が実現するなど社会問題化してきた悪質クレーム・カスタマーハラスメント問題。そもそもカスタマーハラスメントはなぜ起きるのか。加害を減らすためには何が必要なのか。カスハラ問題に詳しい関西大学の池内教授に聞いた。
池内 裕美 関西大学教授

──あらためて悪質クレームとは?

悪質クレーム、あるいはカスタマーハラスメントとは、顧客、取引先、施設利用者など外部の者による言動のうち、社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境を害するものを指します。2025年の法改正とその後の指針整備でこの点はかなり明確になりました。

ただし、ここで重要なのは、クレーム一般とカスハラは同じではないということです。商品やサービスに不備があったときに、顧客が改善や説明を求めること自体は正当な権利です。

カスハラで問題となるのは、要求内容が妥当性を欠く場合だけではありません。要求内容に一定の合理性があっても、暴言、威圧、長時間拘束、人格否定、土下座の強要、SNSでのさらしや拡散の示唆など、伝え方や手段が不相当であれば、それはハラスメントとして扱うべきです。つまり悪質クレームを考える際には、「お客さまが何を求めているか」と同時に、「どう求めているか」を見る必要があります。

──カスハラ問題はどう変化してきたでしょうか。

件数面では、カスハラが「なくなってきた」とはとても言えません。カスハラが社会問題として可視化・共有されるようになったことで、従来は見過ごされがちだった行為も含めて測定が可能となり、依然として高水準で存在していることが確認されてきました。

性質の面では、従来見られる暴言、恫喝、長時間の拘束や説教、不当要求といった行為に加え、近年はSNSや口コミサイト、動画撮影などを通じたオンライン上での圧力や拡散型の攻撃が目立つようになっています。さらに近年では、対個人向けの接客場面だけでなく、企業間取引(B to B)においても優越的地位を背景とした過度な要求や圧力といった形で、カスハラ的な問題が顕在化してきている点も特徴的です。

──カスハラはどのような背景から起きるのでしょうか。

背景としては、いくつかの要因が複合的に存在していることが考えられます。

第一に、日本のサービス業に根強い「顧客第一主義」があります。これは本来、顧客満足を高めるための重要な理念ですが、過剰に強調されると、「顧客は常に正しい」「強く言えば通る」といった期待や信念を形成しやすくなります。特に、過去に強い要求によって対応が改善された経験がある場合、その行動が強化され、同様の振る舞いが繰り返されやすくなるという側面もあります。

第二に、消費者保護の制度整備や企業不祥事の経験を通じて、顧客の権利意識が高まる一方で、企業に対する不信感が蓄積してきたことがあります。本来であれば適切に行使されるべき権利意識が、「自分は正当に扱われるべきである」という期待を過度に高め、その期待が裏切られたと感じた際には、強い不満や怒りとして表出されやすくなります。

第三に、SNSやスマートフォンの普及により、不満や怒りを表明すること自体のハードルが大きく下がったことがあります。以前であれば、その場で店員に伝える、電話をかける、手紙を書くなど、苦情を申し立てるには一定の手間や心理的負担が伴いました。これに対して現在は、口コミサイトへの投稿、SNSでの発信、動画の撮影や拡散などを通じて、不満をほとんど瞬時に、しかも他者を巻き込みながら表出できる環境が整っています。その結果、苦情行動はより即時的・公開的なものとなり、「さらし」や「同調の獲得」を通じて圧力をかける形、いわば「承認欲求型のクレーマー」へと変化しやすくなっています。

第四に、社会全体の疲労や不安の高まり、対人場面における不寛容化といった社会心理的要因も無視できません。特に、日常的に強いストレスを抱えている場合には、本来であれば受け流せるような小さな不都合や期待外れの出来事にも強く反応しやすくなります(不満発散型のクレーマー)。

このように近年の変化は、単純に「悪い客が増えた」と捉えるべきものではなく、苦情がエスカレートしやすい社会的・心理的条件が重なり合っている点に特徴があるといえます。

──カスハラを減らすためには何が必要でしょうか。

カスハラを減らすには、まず「対応力の向上」だけに期待しないことが大切です。もちろん接遇や説明技術は必要ですが、それだけで加害行為を抑えられるわけではありません。加害を減らすには、社会的に許されない行為だと明示すること、そしてカスハラをしても得をしない環境をつくることが必要です。

第一に、企業や組織がゼロトレランス(軽微な規律違反や問題行動であっても例外なく厳しく処分する、治安・教育方針)で、「暴言・脅迫・不当要求は受け入れない」という方針を明確にすることです。これは従業員向けの安心材料であると同時に顧客側への抑止にもなります。

第二に、消費者教育や社会啓発です。正当な苦情は守りつつ、暴言や威迫は権利行使ではないという線引きを社会全体で共有していく必要があります。

第三に、悪質事案には毅然とした出口を用意することです。対応の打ち切りや出入禁止、録音・記録の保存、警察や弁護士との連携といった対応をあらかじめルール化しておくことが大切です。そのため、客観証拠の確保や外部専門家との連携を含めた対応体制を整備しておくことが重要です。

第四に、そもそもの不満を過度に増やさない予防も必要です。例えば、待ち時間、説明不足、たらい回しなどは、一次感情としての不満を強めやすい。加害を正当化するものではありませんが、組織側が改善できる部分でもあります。

──働く側が知っておきたいことは?

働く側がまず知っておきたいのは、カスハラは個人の接客力不足の問題ではないということです。どんなに丁寧に対応しても、一定数、相手側の怒りや支配欲、ストレスのはけ口として行為が生じることがあります。従って、「自分の対応が悪かったのではないか」と一人で抱え込み過ぎないことが重要です。苦情対応は強い感情労働を伴うものであり、被害を受けた場合には、適切な保護やケアが不可欠です。

次に、違和感があれば早めに共有することです。現在の指針では、相談体制の整備だけでなく、相談したことを理由とする不利益取り扱いの禁止も明確にされています。相談することは弱さではなく、制度上保護されるべき行動です。

──今後の展望は?

今後は法制化や条例の施行を契機として、サービス提供者と顧客が対等なパートナーとして互いに尊重し合う文化を醸成していくことが重要です。こうした関係性の転換こそが、カスハラ問題の根本的な解決につながると考えられます。

私は、カスハラ対策のゴールは「クレームを言わせない社会」ではなく、正当な苦情は適切に受け止めつつ、暴力や威圧、支配といった行為は許さない社会の実現にあると考えています。サービスを受ける側と提供する側が対等な人間として尊重されること──その当たり前を社会規範として定着させていくことが、今後の最も重要な課題といえるでしょう。

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