カスタマーハラスメントから労働者を守る
防止措置義務施行に向けた対応のポイントカスハラ対策はどのように社会運動になったのか?
UAゼンセンに聞く運動の経過とポイント


(企画グループ)兼企画局局長
社会を変える運動
「組合員一人ひとりが運動に参加することで社会を変えられる。そういう実感を得られる運動を展開したい。カスタマーハラスメント(カスハラ)の問題は、その一つの契機になるのではないかと感じていました」
UAゼンセンの波岸孝典副書記長は、カスハラ対策に取り組んできた経験をこう振り返る。2012年、百貨店やスーパー等の組合でつくるサービス・流通連合(JSD)とUIゼンセン同盟が統合し、UAゼンセンが誕生した。この中で働く仲間が一つになり、社会を実際に動かしていくことを実感できる運動の展開が求められていた。カスハラ対策は、その象徴的な運動に発展した。
早い段階でのゴール設定
2013年、アパレルチェーン店で店員に土下座を強要した画像がSNSに投稿され「炎上」する事件が起きた。こうした事例は、メディアでも取り上げられ、店員に対する理不尽な要求への問題意識が社会に広がっていった。そうした中、UAゼンセンの流通部門の委員会でも「悪質クレーム」に対する問題意識が次第に強まっていった。
UAゼンセンは2015年から経営者団体や関係省庁との意見交換を始めた。そこで繰り返し問われたのは、何がカスハラに当たるのか、どのくらい被害の実態が存在するのかということだった。
「対策を進めるためには、困っている実態があると伝えるだけでは足りません。何に困っているのかというカスハラの定義と、どのくらいの人が困っているのかという定量的なエビデンスを示す必要がありました」と波岸副書記長は振り返る。
そこでUAゼンセンは2017年、顧問弁護士などと連携しつつ「悪質クレーム」の意味を定義し、対策をまとめた「ガイドライン」を策定した。この段階で「悪質クレーム」を定義づけしたことは、後の運動を展開するために重要な役割を果たした。
波岸副書記長は「私たちが訴えたかったのは、すべてのクレームが悪いということではありません。著しく不当な行為が従業員の人権を侵害しているという事実でした。言葉の定義をしておかなければ、販売する側に落ち度があるとか、企業の教育が足りないといった指摘を受けかねません。定義をしておくことで法改正の土台をつくることにもつながりました」と説明する。
実際、波岸副書記長をはじめ、対策に当たった担当者たちはこの時点から法改正をゴールに設定した活動を展開した。ここでの言葉の定義づけが、後の法改正や、他社や他産別がガイドラインをつくる際の土台となった。
大きな反響
UAゼンセンは、この定義を活用しつつ2017年に加盟組合に対してアンケート調査を実施した。その結果は、驚くべきものだった。想定していた回答数の倍を超える約5万3000件の回答が寄せられただけではなく、自由記入欄に記載のある回答は2万件を超えた。波岸副書記長は次のように語る。
「これほど回答が集まるとは予想していませんでした。自由記入欄の内容を見ると本当にひどいことばかり。想像はしていましたが、かなりショックでした。問題の大きさ、根深さを実感するとともに、この問題を解決してほしいという大きな期待も感じました」
こうしたアンケート結果は、労働組合がこの問題に取り組む際の意識を変えることにもつながった。
「私自身も百貨店の出身で、怒鳴られたり、土下座をさせられたりした経験があります。それでもかつてはクレーム対応ができて一人前という雰囲気があったのも事実です。しかし、アンケート結果を受けて、そうした雰囲気はがらっと変わりました。現場の人たちがこんなに悲鳴を上げている。これを労働組合として無視をするわけにはいかない。そういう共通認識が生まれました」(波岸副書記長)
UAゼンセンは、この調査の結果をマスコミを通じて社会に発信した。2017年にNHKの「ニュースウォッチ9」で報道されると大きな反響が寄せられた。波岸副書記長は、課題が社会に認知される大きなきっかけになったと振り返る。
さらに翌2018年、署名活動を展開すると、これまでの署名活動の中で最も多い約176万筆が集まった。波岸副書記長は「今までにない大きな反響でした。社会を変えるために一人ひとりが参加するプロセスが、この署名に表れていました。労働組合の力を体感した場面でした」と語る。
2019年にはイオングループ出身で組織内候補の「田村まみ」氏が参議院議員選挙で初当選。連合の組織内議員とも連携して法制化に向けた動きを強化した。その結果、「パワハラ防止措置法」の附帯決議にカスハラ対策が盛り込まれた。
多様なステークホルダーとの対話
その後の運動で大きな転機となったのは、「新型コロナウイルス」の流行だった。スーパーやドラッグストアといった流通部門の労働者は、エッセンシャルワーカーとして「緊急事態宣言」下でも働き続けた。人々がいら立ちやすい状況ではカスハラも起きやすい。実際、現場ではさまざまな被害が報告されていた。「従業員がさまざまなリスクにさらされる中で、経営者としても従業員を守る必要性を強く感じる契機になったと思います」と波岸副書記長は話す。
コロナ禍をきっかけに業界団体と消費者庁を含めて、従業員保護を啓発する動きが生まれた。「経営者団体や消費者団体を含め、多様なステークホルダーと意見を交わせたことは法改正に向けて有益でした。労働組合が一方的に意見を述べるだけではなく、多様なステークホルダーと意見を交わし、共通の軸を見つけることが重要です」
その後、UAゼンセンは2020年と2024年にもアンケート調査を実施。さらに院内集会をはじめ啓発活動を展開し、法改正の実現に向けて動いてきた。
2023年には都議会の組織内議員を通じて、東京都のカスハラ防止条例の制定を働きかけた。東京都のカスハラ防止条例が2024年に制定されると、国の法制化を後押しした。こうした動きを経て2025年、カスハラ防止措置義務を盛り込んだ改正労働施策総合推進法が成立した。
次の目標と課題
波岸副書記長は、法改正という目標を達成して、これまでの運動を次のように振り返る。
「法改正はひとまずゴール達成だと考えています。その中で、一人ひとりの行動が社会を変えていくというプロセスも一定程度実現できたと思います」
「これからの課題は、このプロセスを組合員にきちんと伝えることです。一人ひとりが声を上げた結果、法律を変え、社会を変えてきたという成果を組合員の皆さんに実感してもらう必要があります」
「さらにいま現場で起きている困りごとを次の運動にどうつなげていくかが課題です。現場の声を聞いて次の運動に発展させたいと考えています」
カスハラ対策が社会を動かした背景には、早い段階でのゴール設定や言葉の定義づけ、大規模な調査、メディアでの発信・地方議員や組織内国会議員との連携、経営者団体や消費者団体との意見交換など多様な要素が含まれる。ただ、現場の声が一つにまとまったとき、社会を動かす大きな力になることは間違いない。UAゼンセンのカスハラ対策の運動が示すように労働組合は働く人の声を通じて社会を動かすことのできる存在だ。
![情報労連[情報産業労働組合連合会]](/common/images/logo_ictj.png)

