特集2026.05

カスタマーハラスメントから労働者を守る
防止措置義務施行に向けた対応のポイント
「相談しやすい職場風土づくりが一番大切」
三越伊勢丹グループ労働組合の取り組み

2026/05/15
個別企業はカスハラ対策にどのように取り組んでいるだろうか。早い段階から個社におけるカスハラ対策のガイドラインを策定してきたのが、三越伊勢丹グループだ。労働組合の執行部に対応の経過とポイントを聞いた。

業界内でも早い段階から対応

三越伊勢丹グループ労働組合は、早い段階から単組での取り組みを始めた労働組合の一つだ。

同労組が会社とカスタマーハラスメント(カスハラ)対策に関して具体的な論議を始めたのは2019年のこと。それ以前から上部組織であるUAゼンセンが「悪質クレーム」に関するアンケートや署名活動を展開しており、現場からは具体的な対応を望む声が上がり始めていた。

ただし当初は戸惑いの声もあった。「『クレームは宝物』『クレームと苦情は違う』と新人時代に教育されてきたこともあって、『悪質クレーム』と言われると最初は少し戸惑いました」と話すのは三越伊勢丹グループ労働組合の村石正宏副委員長。こうした実態もあって「取り組みを始めた当初は、クレーム対応は当たり前なのに、なぜ取り組む必要があるのかという雰囲気があったことも事実です」と同労組の菊池史和委員長は話す。

ただ、2019年頃から悪質クレームがカスタマーハラスメントという言葉に置き換わると現場の声が上がり始めた。村石副委員長は、「職場委員会(職場の組合役員での会議)でカスハラについて話を振ると、『聞いてください』という声がたくさん上がりました。その頃から一気に問題意識が共有されるようになったと思います」と振り返る。

そうした現場の声などを受けて会社に問題提起したところ「経営トップの理解が速く、2020年の秋口にはガイドラインが策定されました」と菊池委員長は語る。業界の中でも早い段階での取り組みだった。

三越伊勢丹グループ労組の執行部の皆さん(左から村石副委員長、菊池委員長、玉谷書記長)

ネームバッジで独自調査を実施

それ以前は、そうした事象が起きた場合でも「どこに相談すればいいかわからない」「相談しても具体的なアドバイスを得られない」といった声が多かった。そのため2020年版のガイドラインでは、カスハラ行為の定義づけとカスハラ行為への対応フローを定め、主に管理者向けに周知・啓発した。

その後、カスハラが社会問題化すると取引先からも対策を求める声が強まった。会社は2024年にガイドラインを改定。この際、基本的なスタンスや具体的な対応フロー、相談窓口を明確化するとともに、従業員と取引先の従業員にも全社通達やe-ラーニングなどを通じて周知・啓発を始めた。翌年には東京都のカスハラ防止条例を受けて、不利益取り扱いに関する項目を一部改定し、カスハラへの対応方針を店舗ごとのホームページに掲載し、対外的な発信を始めた。

また、2025年には、現場の販売員向けにカスハラに対応するためのトークスクリプト集を展開。スクリプト集は、過去のカスハラ事例を集積・分析して会社が作成した。「それまでは接客マニュアルしかなかったのですが、これで不当な要求に直面した場合の対応マニュアルができました」と村石副委員長は話す。

さらにこの間、2024年からは従業員のネームバッジ着用に関して労使で論議を開始。2024年2月に労働組合が職場の実態調査を行ったところ、約26%の従業員がネームバッジを着用したことで何らかの被害に遭った・見聞きしたという実態が明らかになった。この結果をもとに労使で意見交換を実施し、2025年8月には伊勢丹浦和店でトライアルを実施。今年4月から百貨店全店でのネームレス化を進めている(順次実施)。

相談しやすい職場風土が重要

この間の取り組みによって起きた最も大きい変化とは何か。村石副委員長は、カスハラを相談してもよいという体制や風土ができたことだと強調する。

「今までは不当な要求をされても自分や部下のスキル不足のせいにしていたところを、相談してもいいという雰囲気が生まれました。相談事例のすべてがカスハラに当たるわけではありません。しかし、声が上がり、情報が集まるようになったことが一番大きな成果だと思います」

こうした成果の背景には、同時並行的に取り組んできたハラスメント対策の経験がある。三越伊勢丹グループでは、従業員はもちろんのこと取引先の販売員がハラスメントを受けた場合でも、グループホットラインへの通報や各種相談窓口への相談ができる体制を整備してきた。2023年6月には「いかなるハラスメントも絶対に行わず、一切許容しません」という労使共同宣言を発信した。このことはカスハラ対策にも良い効果をもたらした。「労使共同宣言にある『見て見ぬをふりをしない』という内容が職場に浸透した結果、困っている人を見たら通報しようという土壌が生まれ、第三者からのハラスメント通報が増加しました。こうした取り組みがカスハラ対策で相談しやすい職場の雰囲気にもつながっていると思います」と村石副委員長は語る。

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「ガイドラインができてよかったという声は組合員からも上がっています」と菊池委員長は話す。今後の課題は、現場への周知・浸透や適正な運用のチェック、カスハラ被害者へのケア、さらには対外的な発信などがある。同労組の玉谷謙一朗書記長は、「現場からも継続的にカスハラ対策を求める声は出てくるので引き続き会社と協議をしていきたい」と意気込みを話す。

基本方針を策定したり、相談窓口を設置したりすることはできても、声を上げやすい職場風土をつくることは難しい。個別企業でカスハラ対策を進める際、同社労使の取り組みが参考になるはずだ。

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