特集2026.05

カスタマーハラスメントから労働者を守る
防止措置義務施行に向けた対応のポイント
B to Bのカスハラにどう対応すべきか
部署ごとで事例を議論し予防的対応を

2026/05/15
パワハラ防止措置義務の中には、いわゆるB to B(企業間取引)で生じるハラスメントも含まれている。B to Bのカスハラに企業はどう対応すべきなのか。ハラスメントに詳しい新村弁護士に聞いた。
新村 響子 弁護士

声を上げづらかった実態

いわゆるB to B(企業間取引)で生じるハラスメントの裁判例は、多いとは言えません。背景には被害者が声を上げづらい実態があります。例えば「アムール事件」という裁判例では、フリーランスの女性が取引先会社と会社の代表者をセクハラで訴えました。被害者の女性は、加害者が自らの顧客である取引先の代表であったことから、被害を長期間にわたって受けつつも声を上げることがなかなかできませんでした。

パワハラの事例では、医療機器メーカーの営業社員が取引先である病院とその事務長である個人を訴えるという事例がありました。この事例では不当な値引きを断ろうとしたところ相手から暴力行為を受け、刑事事件と民事の損害賠償に発展しました。このようなB to Bの裁判例はあるものの多いとは言えません。

しかし、取引先からハラスメントめいた行為を受けた経験は多くの人が思い当たるのではないでしょうか。例えば女性の場合、取引先との懇親会などで体を触られたり、カラオケでのデュエットを強要されたり、性的な話をされたり。そうしたことを含めれば、B to Bで起きるハラスメント事例は枚挙にいとまがないはずです。

これまでは、相談する場所がなく、こうした事例が起きても泣き寝入りする人が少なくなかったはずです。従来の法体制でも加害者を訴えたり、自社の対応が不十分だとして会社を安全配慮義務違反などで訴えたりすることは可能でした。しかし、多くの人がそれをしようとは思わなかったのは、取引先を巻き込んでまで自社が対応してくれるという期待が薄かったからではないでしょうか。

他の事業主への事実確認

法律が改正されたことで、企業にはカスハラから従業員を守る法的な責務が明確化されました。これにより企業はカスタマーハラスメント被害を「見て見ぬふり」をできなくなりました。

防止措置の中身は、これまでのハラスメント対策と同様、方針を明確化し、従業員に周知啓発を行い、相談窓口を設置し、さらに発生時に迅速に対応し、相談をしたことによる不利益取り扱いをしないことなどが中心です。

まず大切なのは、カスハラに対する基本方針を定め、どういう場合にカスハラに当たるのか、実際に起きた場合にどう対応するのかを従業員に周知しておくことです。

その上で実際にカスハラが起きた場合、まず被害者を担当から外すなど二次被害を招かないよう緊急措置を取ることが重要です。また、事実確認を行う際は、被害者本人からヒアリングなどを行うことになりますが、それに加え、今回の企業が講じるべき防止措置義務には、事後的な迅速な対応として、「他の事業主に事実関係の確認への協力を求めること」が盛り込まれています。同時に、加害者のいる相手企業には「他の事業主からの協力の求めに応ずるように努めなければならない」という努力義務が盛り込まれました。つまり、自社の従業員が取引先からカスハラを受けた場合は、その企業は相手企業の協力依頼を含めて積極的に対応することが求められるようになりました。こうした点も含めて、企業は従業員に周知する必要があります。

事例を集めて部署ごとの対策集を

指針では、「特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め」ておくことが明記されました。しかし、「特に悪質」なものに限らず、さまざまなカスハラを想定して対処方針を決めておくことが重要です。

そのために重要なのは、過去に起きたハラスメントの事例を集めたり、どういうカスハラが起きやすいのかを議論したりして、部署ごとに対策を事前に話し合っておくことです。これまでのハラスメント研修は「やってはいけない」ことの啓発が中心でしたが、カスハラの場合は、「被害に遭った時にどうするのかを共有すること」が大切になります。例えば、取引先の従業員から飲み会でセクハラを受けた場合はどうするのか。高圧的な態度を取られたらどうするのかといったことを議論して、職場ごとに対策をつくって共有しておくことがベストな対応だと思います。

安全配慮義務の観点からの対応も

防止措置義務の違反になるのは、方針の策定や周知啓発、相談窓口の設置などを企業がしない場合ですが、具体的な場面で対応を怠った場合、安全配慮義務違反になる可能性があることも注意しておくべきです。例えば、従業員がセクハラを受けているにもかかわらず、上司がそれを制止しなかった場合には、会社の責任が問われることもあり得ます。

例えば、学校での裁判例では、保護者の理不尽な要求に対して、学校の上司が教員に不当な謝罪を強いたことが、安全配慮義務違反でありパワハラと認められました。つまり、取引先のカスハラに対して上司が毅然と対応せず、従業員に理不尽なことを強いれば、それは上司や会社の責任になる可能性があるということです。企業は防止措置義務だけではなく、安全配慮義務の観点から対策を強化する必要があります。

カスハラ対策が法的に明記され、方針を周知したり、相談窓口を設置したりすること自体が、被害の気づきと相談を促す大きな一歩となるはずです。

今後は、現場の被害実態や対応ノウハウを蓄積し、共有していくことが重要です。労働組合は、そうした取り組みを現場から積み上げて会社に提起してほしいと思います。

特集 2026.05カスタマーハラスメントから労働者を守る
防止措置義務施行に向けた対応のポイント
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー