労働時間に上限規制を「残業」歯止めに労組の役割発揮が必要
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程
日本学術振興会特別研究員(DC1)
調査の目的
2015年4月から5月にかけて、情報労連とNPO法人POSSEは共同で、「ITエンジニアの労働条件・労働移動に関する調査」を実施した。本調査のねらいは、ITエンジニアの働き方や労働条件、労働移動について把握し、必要な対策・政策提言の検討につなげることにある。
近年、「ブラック企業」が大きな社会問題となっているが、IT業界はその典型として念頭に置かれている。その背景には、1.長時間労働(とくに残業時間の長さ)や、2.メンタルヘルス不調の問題の深刻さ、そして、3.若年層の離職率の高さがあるのだろう。
本調査は、こうした状況を踏まえ、ITエンジニアの離職・転職がどのような理由によって生じているのかを把握するために、実際の労働条件や働き方、またそれを労働者自身がどのように認識しているのかなどを質問項目として設定した。
本号では、回答者の属性など基本的なデータを簡単に示した上で、とくに労働時間に関する調査結果を分析していく。なお、次号において教育訓練や技術にたいする認識、および労働移動について取り上げる予定である。
基本データ
本調査は、情報労連本部から各構成組織に配布してもらい(約2000票)、1066票の有効回答を得た。
まず、回答者の属性について見ていくと、性別は、男性86.2%、女性13.8%で、年齢は、30歳代が最も多く(37.8%)、20歳代が27.7%と続き、最終学歴は「大卒・大学院卒」など、高等教育を受けている割合が高い(74.5%)。雇用形態では、正社員が97.7%を占め、勤続年数は「5年1カ月~10年」が29.5%で最も多い。
次に、企業規模について見ると、1000名以上が74.0%を占め、1000名以下は26.0%である。資本系列では、「独立系」が半数を占める。回答者の約8割が業界内での自社の位置づけを認識しており、そのうち7割が企業規模と関連して1次請けである。業種としては、約5割が「受託ソフトウェア開発」であり、職種ではシステムエンジニアが57.4%を占める。
労働時間
ここからは、労働時間に関するデータを見ていく。まず、1日の労働時間について、「通常時」と「納期前などの忙しい時期」に分けて聞いたものが、表1および表2である。通常時では、「8時間」が33.7%、「7時間」が30.6%を占めるが、納期前になると、「10時間」が27.3%、「12時間」が23.5%を占め、10時間以上に偏りが見られる(図1)。
7時間未満 | 0.7% (7名) |
---|---|
7時間 | 30.6% (326名) |
8時間 | 33.7% (359名) |
9時間 | 14.4% (154名) |
10時間 | 14.8% (158名) |
11時間 | 2.7% (29名) |
12時間 | 1.8% (19名) |
13時間以上 | 1.3% (14名) |
計 | 100.0% (1066名) |
7時間未満 | 0.6% (6名) |
---|---|
7時間 | 2.3% (24名) |
8時間 | 3.4% (36名) |
9時間 | 7.6% (81名) |
10時間 | 27.3% (291名) |
11時間 | 14.4% (154名) |
12時間 | 23.5% (251名) |
13時間以上 | 20.9% (223名) |
計 | 100.0% (1066名) |
週の労働日数についても、同様に通常時と納期前に分けて回答を得た。通常時は「5日」が9割以上を占めているが、それが納期前になると、「6日」が49.2%、「7日」が33.3%となる。
ここから、納期前など忙しい時期の月間労働時間を、最も割合が高いものから推算すると、「1日10時間」×「6日」=60時間で、ひと月を4週とすると、「60時間」×4週=240時間/月となる。必ずしもこうした忙しい時期が1カ月間続くとは限らないが、大雑把に計算しても、80時間前後の残業が発生している可能性が高く、やはり労働時間の問題が深刻であることがわかる。
裁量労働制
そして、こうした長時間労働には、労働時間制度が関係している可能性が高い。なぜなら、IT業界では、「裁量労働制だから、残業代は出ない」と言われることも多く、こうした制度の誤った運用は、際限のない労働時間の延長に結びつきやすいからである。
実際に、本調査においては、裁量労働制が適用されている人の方が、適用されていない人に比べて、労働時間が長くなっていた(全体の42.9%は、労働時間に関する特別な制度は適用されていないが、適用されている人のうち、この専門業務型裁量労働制の適用者は20.5%であった)。納期前など忙しい時期の1日の労働時間を比較すると、制度適用者の方が「12時間」および「13時間以上」の割合が、非適用者に比べて、約10ポイントずつ高くなっている(図2)。
そもそも(専門業務型)裁量労働制とは、一定の業務について、実際の労働時間数ではなく、労使協定で定めた時間数だけ労働したものとみなす制度である。IT業界に関係するところでは、SE(システムエンジニア)業務がその適用対象とされており、導入率は他産業に比べて高い。
この制度については、以前より、時間配分や業務の遂行方法に関する決定権が与えられていたとしても、業務量やその期限はすでに決定されているから、与えられた業務量が過大であれば、長時間労働を強いられる可能性があることが、労働法学者から指摘されてきた。本調査においても、以下のように、業務の「量」を労働者がコントロールすることが難しい状況が浮かび上がる。
具体的には、裁量労働制適用者の「案件数」および「業務量」に対する決定権である。まず、案件数の増減に対する決定権は、「ない」とする割合が最も高く、71.3%である(表3)。次に、業務量の増減については、4分の1の労働者はそれを変更することができない状態にある(表4)。一方、仕事の「進め方」については57.3%が、自分で決定することができる余地が大きいと回答している。
ある | 9.1% (15名) |
---|---|
ない | 71.3% (117名) |
どちらともいえない | 19.5% (32名) |
計 | 100.0% (164名) |
業務量の増減について、自分で決定することができる | 14.9% (32名) |
---|---|
上司に相談し、変えてもらうことができる | 59.1% (127名) |
決める・変えることはできない | 26.0% (56名) |
計 | 100.0% (215名) |
業務量に対する認識
それでは、自身でコントロールすることの難しい業務「量」について、働き手はどのように認識しているのだろうか。
ここでも裁量労働制が適用されている人について見ていくと、現在の業務の負担感については、「ちょうどよい」が53.9%を占める(表5)。また、現在携わっている業務に限らず、通常の業務量について聞いてみると、57.3%が「たまに自分のキャパシティを超えた業務量を抱えている」と感じている(表6)。ここでは、それほど過度な業務量を抱えているとは感じていないことがわかる。
多いと感じる | 43.0% (71名) |
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ちょうどよい | 53.9% (89名) |
少ないと感じる | 3.0% (5名) |
計 | 100.0% (165名) |
恒常的に自分のキャパシティを超えた業務量を抱えている | 14.1% (30名) |
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たまに自分のキャパシティを超えた業務量を抱えている | 57.3% (122名) |
いつもちょうどよい業務量 | 24.4% (52名) |
たまに業務量が少ないと感じている | 2.8% (6名) |
恒常的に業務量が少ないと感じている | 1.4% (3名) |
計 | 100.0% (213名) |
その一方で、労働時間の観点から業務量についてみると、「法定労働時間を優に超える業務量である」が最も多く38.1%を占める(表7)。これは、制度が適用されていない人との間に、10ポイント以上の開きがある。
適用者 | 非適用者 | |
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法定労働時間を優に超える業務量である | 38.1% (82名) | 25.0% (207名) |
法定労働時間を少しオーバーする業務量である | 36.7% (79名) | 43.5% (360名) |
法定労働時間内におさまる業務量である | 25.1% (54名) | 31.5% (261名) |
計 | 100% (215名) | 100% (828名) |
このように見ていくと、業務の遂行方法(やり方)に関する裁量はあったとしても、業務の「量」に関する労働者の裁量は限定されており、実際の業務量も、労働者が自身で時間配分を調整できる範囲にとどまらないことがわかる。
こうした過大な業務量を抱えた人への裁量労働制の適用は、残業代の支払いを回避するために、制度が悪用されているとも考えられる。実際に、制度適用者の多くが「法定労働時間を優に超える業務量である」という状態は、抱えている仕事が、法定労働時間内には到底終わらない量であることを意味しており、残業代は当然、時間数に応じて膨れ上がることとなる。このような事態を避けるために、制度が悪用されかねないのだ。
昨今、安倍政権のもとで、裁量労働制をめぐっては、とくに企画業務型裁量労働制において、対象業務の拡大と手続きの簡素化の議論がなされているが、ここでもやはり、長時間労働化や、賃金と労働時間の関係を曖昧にし、残業代の支払いを回避するような効果、あるいは意図が懸念される。労働者が真に裁量をもって、労働時間や業務量を調整できればそれは望ましいことではあるが、本調査の結果から明らかなように、実態は、これに逆行している。
まとめ
本調査の結果を受けて、IT業界においては、労働時間の問題が深刻であることが改めて浮かび上がった。長時間労働の問題は、他産業においても共通したものであるが、IT業界では、とくに長時間「残業」にどのように歯止めをかけていくのかが重要な課題である。
そして、本報告で中心的に取り上げた、専門業務型裁量労働制の導入・運用にあたっては、とりわけ労働組合の介入が求められるだろう。それは、使用者は労働組合または労働者の過半数代表との間に労使協定を締結する必要があり、この労使協定において、対象業務やみなし時間数の設定、健康確保のための措置などを定めなければならない。つまり、この部分の決定に、労働組合が関与しているのである。
情報労連では、以前から「勤務間インターバル制度」(休息時間の確保の義務化)の導入拡大をめざしており、裁量労働制とのセットで取り入れている事例もある。こうした動きは、業界の象徴ともいえる長時間残業の問題への取り組みとして期待されるだろう。