労働時間に上限規制をワーキングマザーの声をもっと受け止めて
2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。14年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書)として出版。15年4月より企業変革パートナーの株式会社ChangeWAVEに参画。2児の母。
─ 長時間労働と女性の働き方の問題をどう捉えていますか。
総合職だと定時に帰ることがあり得なくて、残業が基本になっていますよね。保育園に預ける時間を多少延長したり、ベビーシッターを利用したりするにせよ、育児のある人は毎日残業するのはムリです。そうすると、残業できないことが企業から見て「制約」になってしまうというのが基本的な構造です。
企業は、従来なら退職していたようなこうした社員たちに、どう対応したらよいかわからないまま、部署を変えたり、責任を減らしたりしながら対処してきました。ですが、それによって働く側がやりがいを失ってしまうケースを『「育休世代」のジレンマ』では描きました。
長時間の残業は本当に必要でしょうか。制約があっても生産性を上げている人もいるし、会議の時間をずらしてくれれば問題なく仕事はできるのに、慣習として長くなっているケースも多いと思います。あるいは、そもそも業務量が適正でないのでしょう。それなのに、個人が残業ができないというだけで「仕事ができない」とされることに、多くの「育休世代」が理不尽を感じています。
─ 「35歳までバリバリ働いて、その後は出世かWLBを選ぶ」という議論もありますね。
出産を遅らせればいいという意見は容認できません。統計的に見れば高齢出産する人がいるのはたしかですが、子どもを産みたいと思っている女性から見れば、自分が産めなくなるリスクを背負う理由にはなりません。晩産化が進めば2人目の出産や子育ても大変ですし、若いうちは単にバリバリ働いていればいいというわけにもいかないと思います。
それよりも、若い男性のメンタルヘルスの問題や、介護をしながら働く人が増えることを考えると、20代は馬車馬のように働いていればいいという構造そのものを是正しないといけないでしょう。
ただ、そこで考えないといけないのは、高等教育からの接続の問題。大学である程度、職業と関係あることを勉強していればいいのですが、現在はまったく白紙の状態で入社を迎えます。そうすると、大学と企業の間があまりに断絶していて、新入社員には一からすべてを叩き込まないといけない。どうやって職業教育を企業から「社会化」するのかは難しい問題ですが、中途採用者や外国人の社員が増えて、企業内の多様性が広がっていく中では、新入社員を一律に育てるやり方も崩れつつありますし、やり方を変えないといけないと思います。
─ 子育て中の社員たちはどういう悩みに直面していますか。
いわゆる総合職正社員の女性たちは、退職しないまでもマミートラックにはまって抜け出せないという問題に直面しています。本当はもう少し働けるけれど、短時間勤務制度をはずした途端、残業ありきの世界になってしまうので、ブレーキをかけておこうと。他方で、退職した人たちは、短時間で募集している仕事が少なくて、仕事をしたくても本当にフルタイムで働けるだろうかと不安を感じています。労働時間の問題は、あらゆるレイヤーにつきまとっています。
そういう中で、転職する総合職正社員の女性が増えています。日本企業の中で、「伸びしろ」がないと思われてしまう育休世代の女性たちが、外資系企業や新興企業に転職しているんです。マミートラックでくすぶっている人たちが、ワーク・ライフ・バランスを保障してくれて、専門性を生かせる仕事を任せてくれる企業に転職するという動きです。
やっぱり、「企業にちゃんと評価してほしい」という人が多いのだと思います。子育てしながら仕事もがんばっているのに、企業がきちんと対応してくれない。すると、「この会社でがんばる意味があるのかな」と感じてしまうんです。個人的にもその気持ちはよくわかります。
─ 「資生堂ショック」のように育児中の女性にもっと働いてほしいという企業も出てきました。
資生堂のように、会社全体の評価制度や働き方を見直す企業はまだ少数です。多くの企業は、中間管理職に丸投げしているというか、現場任せが多くて、根本的な働き方の見直しにまで踏み込めていません。
育休中の社員が増えるにつれて「閾値」みたいなものがあって、ある程度までは周りの社員がなんとかフォローできるけれども、それを超えると周りの社員がすごくきつくなって、それをさらに超えると会社全体のあり方を見直さざるを得なくなる。今は、周りの人たちにしわ寄せがいっている状況で、長期的な戦略に立てば、育休社員だけではなくて、周りの社員の負担も増えるし、介護しながら働く人も増えてくるわけですから、小手先ではなくて、もっと根本的に働き方を見直さないといけません。国がフォローできるのはこうした点で、育休社員の代替者を補充をする際の採用コストを補助することなどではないでしょうか。
─ 働く人の側からどうやって声を上げていけばいいでしょうか。
私が所属するチェンジウェーブという会社で、さまざまな会社の営業の女性社員が、自分たちが活躍できるための方策を考える「エイジョカレッジ」という取り組みを設計しています。ここでは、営業職の女性たちが、経営データなどを用いて、マネジメント層も納得できる形で自分たちの働き方の見直しを提案できるようにするプログラムを提供しています。「ゼロベース」で社員の声を拾うと基本的に不満しかでてこない場合が多いので、現場の声をどうやって経営層に伝えていくかをサポートする活動です。
労働組合への期待にもつながりますが、ワーキングマザーが職場で声を上げても、「個人的なこと」として要求を受け止めてもらえないことが多いんですね。人事や労組に相談しても、特に労組からは「全組合員の利益にならないから難しい」と言われてしまう。せっかく声を上げてもくみ取ってもらえない構造があります。
加えて、ワーキングマザーだからといって、みんなが連帯できるわけではなくて、マミートラックでもいいという人もいれば、もっと働きたいという人もいます。本当は「こういう風に変えてほしい」という声はたくさんあるのに、それが会社のあちこちで消えてしまう。すごくもったいないと思います。
労組はこれらの声を吸い上げて、働き方を変えていくことが全体にとってもプラスになるのだと、会社や組合員を説得してほしいですね。例えば、長時間労働の是正は、社員全体の幸福度を上げることにつながるはずです。
─ 組合活動の見直しも必要になりますね。
働き方のことで言うと、労働時間と報酬の関係をどこかで一度見直すべきだと考えています。時短で成果をちゃんと上げている人を評価するには、働いていないけれど高い給与をもらっている人を減らさないといけないという問題があります。労働環境の改善があれば、どの程度の賃金水準ならいいのかを議論した方がいいように感じています。
─ 最後に、中野さんがイメージする働き方の理想像は?
三世代同居のように、家族のあり方が伝統的なものに戻ることはないと思うんです。それよりも、ワークシェアと同時に家事や育児のシェアが進んで、そこに地域も絡んで、家事労働のあり方も変化していくといいなと。性別役割分業に固定化されてきたことが、いろいろな形で変化すると、そこには働き方の変化も当然、連動してきます。個人がそれぞれの時期によって働き方を選択できるようになることが重要だと思っています。