特集2017.06

最低賃金を考える最低賃金と公契約条例の役割は異なる
熟練労働者の下支えで品質維持・向上を

2017/06/14
官制ワーキングプアへの対策として注目を集めている公契約条例。その歴史や本来の役割を知ることで、条例導入の機運をさらに高めていきたい。
古川 景一 弁護士
多摩市公契約審議会委員(学識経験者)

公契約制度の歴史

公契約制度が初めて導入されたのはパリ市です。1888年、パリ市はまともな労賃を払わなければ業者は仕事を受注できないというルールを水道事業に導入しました。というのは、それ以前に水道事業者がダンピングを行ったことで、技能のない労働者が流れ込み、水漏れなどのトラブルが多発するようになったからです。まともな労賃を払って、まともな技能を持っている労働者に工事してもらうことで、公共サービスの品質を確保しよう。これが公契約制度の始まりでした。

この制度は、他国にも広がっていきました。アメリカで本格的に法制化されたのは1931年です。大恐慌後の景気回復政策の一環として、公契約制度が導入されました。景気回復のための制度ですから、末端の労働者にまで労賃がきちんと行き渡らないと意味がありません。そのため、公共工事では地域相場に基づき適正な金額が労働者に支払われる仕組みがつくられました。

アメリカでこの制度が導入されたのには、もう一つ理由があります。公共工事でもうけるために南部の建設業者が、労賃の安い黒人労働者を連れて北部にやってきてダンピング受注をしたのです。そこで、ダンピングを防止するために地域相場の賃金が支払えない業者は受注できないというルールをつくりました。

日本での広がり

日本には公契約制度の考え方は長らく入って来ませんでしたが近年、広がりを見せるようになりました。その背景には三つの要素があります。一つ目は、公共サービスの品質を確保すること。二つ目は、公契約で貧困を生み出してはいけないということ。三つ目は、ダンピング競争から地元の業者を守るということです。

例えば、大阪の市営地下鉄では駅の清掃員が低賃金のため、生活保護を受給しながら働いているという事例がありました。市が発注する仕事で、労働力を買いたたいて、生活保護水準にすら達しない労働者がいてもいいのかというのが、議論の始まりでした。

また、ダンピング競争も各地で起きていました。極端に低い金額で落札して、施工能力がないまま他社に丸投げするような業者が増えてきたことで、地元の業者が生き残れなくなってきたのです。加えて、最低賃金ぎりぎりで働かせているような保育所に自分の大切な孫を預けるのは不安だという市民からの声もありました。このように、公契約条例は事業者、労働者、市民の立場から必要性が訴えられるようになりました。

最低賃金と公契約条例

最低賃金と公契約条例の考え方は違います。最低賃金は未熟練の労働者の生存賃金を保障するもの。公契約条例は、ある程度の技能を持っている労働者の賃金を下支えする制度です。

多摩市の公契約条例では、同じ業務でも、工事における熟練労働者とそれ以外の者で、別々の労務報酬下限額を設定しています。さらに多摩市の場合は、その業務の総労働時間の80%以上は熟練労働者が働かないといけないという仕組みになっています。これにより品質確保を担保しつつ、残りの時間で若手を育成するという考え方です。

労務報酬の下限額は、市役所の各部署が必要な資格・技能などと地域相場などを勘案しながら、金額を設定していきます。場合によっては労働組合が審議会の中で下限額の引き上げに反対することもあります。未熟練労働者の下限額を引き上げすぎると、業者が若い人を使わなくなるというのが理由でした。このように多摩市では地域のステークホルダーが突き詰めた議論を行っています。審議会の議事録などはすべて公表されています。

事業者団体へのアピール

今後の課題は、対象となる業務を増やしていくことです。鉄筋工や塗装工など54業種以外の労務報酬下限額は現在962円となっており、業務内容が細かく区分されていません。これを少しずつ広げていくことが課題です。

前述したように、最低賃金は未熟練の労働者の生活を下支えするもの。公契約条例は熟練労働者の賃金を下支えするものです。冒頭に述べたフランスでは、公契約規制での賃金水準が労働協約に発展していきました。そのような意味で公契約条例は、産業別最低賃金に近いと言えるでしょう。

IT業界を公契約条例の対象にできるかというと、現状では難しいと思います。というのは、システム発注の適正な水準設定などについて、行政側が知識や経験に乏しいからです。システム構築や労務管理のプロセスを見えるようにしてくれないと、議論の土俵に載せるのは難しいと思います。

公契約条例の制定には、事業者団体の理解が必要です。その意味で、条例の導入を最低賃金の引き上げを目的にすると、事業者にとってメリットが出てきません。不当な低賃金労働を背景にしたダンピング競争から地元の健全経営の事業者を守ること、公共サービスの品質を維持するために熟練労働者の賃金を下支えすること。このような観点からアピールする必要があります。

特集 2017.06最低賃金を考える
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