特集2018.04

家族の視点から働き方を見直す「仕事」と「家族」その転勤、本当に必要?
時代に合わせた転勤施策の見直しを

2018/04/16
転居を伴う転勤は家族の生活設計に大きな影響を及ぼす。労働市場が変化して、共働き世帯が増える中で、転勤のあり方をどう見直すべきか。転勤に関する研究を進める武石教授に聞いた。
武石 恵美子 法政大学教授

女性活躍推進の阻害要因

「就業構造基本調査」によると、転勤をしている人の数は年間およそ60万人。雇用者約5500万人から見れば多くはありません。事業所が一つしかない、特定の地域内での事業展開である─など、転居を伴う転勤がない企業もあるため、転勤は労働者全体に共通する問題にはなりにくい課題でもあります。

ただ、転勤は、その可能性のある労働者にとっては本人のキャリアのみならず家族にも大きな影響を与える問題です。また、女性活躍推進が進む中で、転勤が人材育成の阻害要因になっています。例えば、女性労働者が出産・育児をすると転勤しづらいという問題が出てきます。また転勤は、他社に勤める配偶者の転勤により自社の従業員が離職等の影響を受けるというように、企業の枠を超えて問題が発生します。

日本において転勤は、会社都合で行われるのが一般的です。欧州ではEU指令で本人の意に沿わない転勤はできないことになっています。育児介護休業法は、転勤に対する配慮義務を設けていますが、配慮にとどまっているのが現状です。

転勤の効果に疑問あり

企業に対して転勤の効果をアンケートで尋ねると、一番に出てくるのが従業員の育成効果です。さまざまな地域での経験が将来のキャリアにつながると企業は考えています。

転勤の目的
出所:JILPT「企業における転勤の実態に関する調査」(2017年)

ただ、転勤しなければそうした能力が形成されないのかについては、十分な検証はされていません。確かに、転勤によって伸びる能力はあると思います。でもそれが、家族の生活を巻き込むような、それだけの負担やコストをかけないと育成できないものなのか、私は疑問を持っています。

疑問の一つはまさに能力育成効果についてです。私が参加するプロジェクトでは2015年から転勤に関する研究を始めました。転居転勤がある従業員に対して、転勤と転居を伴わない異動とどちらが能力の育成にプラスになるかを聞いたところ、転勤により能力が伸びたと考えていない人が相当数いることがわかりました。客観的な分析はこれからですが、転勤を経験した従業員はその効果を実感していないということがわかりました。

もう一つの疑問は、転勤にかかわるコストとベネフィットのバランスです。転勤にはさまざまなコストがかかります。例えば、引っ越し費用がかかります。単身赴任なら単身赴任手当や帰郷手当もかかります。

同時に家族にもさまざまなコストがかかります。例えば、子どもが転校すれば制服が変わります。大きいものでは、転勤先で保育園を見つけられずに配偶者が働けなくなるという機会損失コストも生じます。転勤は、自社の従業員だけではなく、他社の従業員にもコストを生じさせます。このように、転勤によって生じるコストが、それによって生じるベネフィットとバランスが本当に取れているのか、検証する必要があると思います。

見直しの方向性は?

転勤の見直しの方向性は、(1)その転勤が本当に必要なのか、コストとベネフィットのバランスから各社が再検討すること(2)必要な転勤に関しては、転勤する従業員の負担を減らす工夫をすること─の二つが考えられます。(2)に関しては、内示の時期を早めたり、赴任期間などを見通せるような対処法が考えられます。

転勤の有無を要件とした処遇のあり方も見直す必要があると思います。転勤要件の有無によって、従業員に異なる賃金テーブルを設定する処遇のあり方は一般的です。しかし、転勤があるかもしれないだけで賃金テーブルや昇進可能性が異なることにどこまで合理性があるでしょうか。転勤可能性のある従業員に対して相応の手当を付けることに合理性はあると思いますが、賃金テーブルや昇進可能性が異なることには疑問があります。

日本では、長期雇用を優先するために、労働者が転勤を受け入れる図式がありました。これまでの転勤政策は、主に転勤する従業員の妻が働いていない世帯をモデルにしてきました。しかし、こうした世帯をモデルにした転勤政策には限界があります。

転勤は、企業の持つ強い人事権の下に行われます。転勤の抑制は、企業の持つ人事権の制限にもつながります。とはいえ、転勤の抑制によって、人事権のすべてが制限されるわけではありません。労働市場の変化を踏まえると、会社が有無を言わせず従業員を転勤させることができる時代は終わって、従業員の抱える個別事情を人事政策に反映させる必要が出てきているということです。企業はそうしなければ、優秀な人材を確保できず、人材の引き止めもできなくなります。転勤施策を見直さないことによるデメリットは大きいと言えます。

労働組合はこれまで集団的な労使関係の中で、一律的な労働条件を設定することに重要な役割を果たしてきました。その役割は今も大切ですが、ダイバーシティ推進という中で、労働者の個別事情を企業と擦り合わせるという役割が労働組合に期待されるようになっています。組合員の個別事情と切り捨てずに、一つひとつの事例に寄り添っていく運動が求められていると思います。

参考)中央大学WLB&DMプロジェクト:5つの提言

提言1

人材育成策としての転勤の効果についての再検討を

提言2

転勤対象者の範囲の検討と転勤の有無による雇用区分間の処遇格差に合理性を

提言3

社員の希望や事情と擦り合わせが可能な制度や仕組みで個別対応を

提言4

社員の生活設計見通しが可能な制度対応を

提言5

運用において社員からみた転勤対応の不透明さをできるだけ排除する

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