常見陽平のはたらく道2018.07

日大アメフト問題の謎
学生の謝罪会見は美談化していいのか?

2018/07/13
印象に流されやすい世の中だ。物事の背景をじっくりと見て、簡単に答えを出さないという姿勢も大事にしたい。

先日、高校時代の恩師と会った。出身高校で現役高校生を前に講演するという大変光栄な機会があり、駆け付けてくれたのだ。

先生が激しく共感してくれたのは「俗耳になじむスローガン、普遍性を装った美しい言葉に気を付けろ」という私のメッセージである。

人類は美しい言葉に踊らされ、だまされてきた。ヒトラーは「平和の維持」という言葉で戦争の準備を進めた。強制収容所で使われたのは「働けば自由になる」という言葉だった。

雇用・労働においても美しい言葉には気を付けないといけない。「働き方改革」の法案は事実上、「働かせ方改悪」の要素がある。このような事態には、警鐘を乱打しなくてはならないと考えている。

美しい言葉のわなとして彼は実体験として、高校教員の間でよく出てくる「生徒を性善説で見て考えましょう」という言葉を挙げていた。この言葉を使われた瞬間に、生徒たちの状況の把握などがすべて無意味なものにされてしまい、思考停止してしまう。別に性悪説で見る必要はないが、性善説なるものが生徒が抱えている問題を覆い隠してしまうことがある。

日大アメフト問題についても同じようなことを感じている。あの悪質タックルを行った選手の記者会見についてである。大学関係者などが、ふがいない対応を連発する中、20歳の青年が正々堂々と記者会見に登場し、本音で語ったと評価された。

とはいえ、印象の善しあしと、善悪は別の話である。彼は3回も悪質タックルをしている。しかも、プレーが終わったあとにである。

もちろん、彼が会見で触れたように、コーチからの指示があり、やらざるを得ない状態になったのかもしれない。たとえ法に反することでも服従せざるを得ない日本の組織を象徴したものだとも言える。彼もまた被害者だというのがメディアの論調だ。私も、気持ちはよくわかる。ただ、まだ真相はわからないのだ。

この原稿を書いている6月下旬の段階では、まだ第三者委員会による報告は行われていない。この件に関して、日大のスキャンダルや、中途半端に現役学生やOB・OGの声を拾った記事などが散見される。だが印象に流されてはいけない。真相を明らかにしてから判断するべきだ。「日大けしからん」も「あの選手は素晴らしい」も所詮は脊髄反射だ。

なお、この件に関しては、審判にも責任があるのではないかと私は考える。やや極論だが、プレー終了後に襲いかかる行為は、言ってみれば、相手のベンチに乗り込み、金属バットで襲うのと同じようなものである。なぜ試合を止めなかったのか。

印象に流されやすい世の中である。雇用・労働の政策も、企業の人材マネジメント策も「印象」で判断してはいけない。ましてや、フェイクニュースが問題となる世の中である。私たちに必要なのは、さまざまな情報源にアクセスして考えること、脊髄反射しないこと、印象に流されないことである。簡単に答えを出さない姿勢も大事にしたい。

最後に、この日大事件は、社会や会社に対する批判的な視点を持てるかどうかという教訓もはらんでいると思う。この論点はまたいつか。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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