職場の防災・減災を進めよう大切な人やものを守れますか
防災対策の重要性と要点をチェック
防災教育普及協会 事務局長
命を守り、事業を守る計画
職場の防災対策の重要性を理解するために、まず防火・防災に関する「消防計画」と「事業継続計画(Business continuity planning, BCP)」について紹介します。
「消防計画」は、消防法施行令・施行規則に基づき設備点検や訓練、避難経路などをまとめた計画です。これができていない(守られていない)と、企業は大切な人材を失うだけではなく、法的責任を問われかねません。事業や建物の規模に応じて、法律上、最低限取り組むべき対策が定められているのです。
「消防計画」が命を守る対策だとすれば、「事業継続計画(BCP)」は、事業を守る対策です。事業継続計画は株主や取引先などステークホルダーとの信頼関係や企業の価値を維持するためにも欠かせません。例えば、取引先からBCPについて問い合わせされたときに「十分な対策を講じています」と答える企業と「特に対策はしていません」と答える企業では、どちらが信用されるでしょうか。
「消防計画」や「事業継続計画」は、個人の意識の問題ではなく、組織の問題として、現場から経営層が一体となって進める必要があります。防災対策はすでに「やる・やらない」の段階ではなく「取り組んでいる」ことが前提であり、いかに適切に取り組めているかを検証する段階にあります。この機会に、ぜひ自社の防災対策、計画を確認してみてください。
小さなミスの連鎖を断ち切ること
防災対策において生死を分けるものとは何でしょうか。それは「危機意識」に尽きると思います。大阪府北部の地震では、学校のブロック塀が倒れ、女児が犠牲になりました。このような最悪の事態がなぜ起きてしまうのか。研修等では「大きな事故や災害のほとんどは、個人の大失敗ではなく、いろいろな人の小さなミスや誤解、見落としの連鎖によって起きやすい」と伝えています。
例えば「ここの棚は危ないな」とか「これが落ちたらケガをするかも」と誰かが感じたとします。「どうせ言っても無駄だ」とか「伝えても聞いてくれないだろう」と放置し続けた結果が大きな事故につながります。誰かが感じた「危機意識」を風通し良く伝えられる環境が重要です。自分ごととして危機意識を持ち、組織としての対策につなげること。それが災害時において生死を分ける要因になるでしょう。何かが起きてから「前から危ないと思っていたのだ」と言っても遅すぎます。その犠牲になるのは、あなた自身やあなたの大切な人かもしれません。
地震で注意すべき五つの危険
災害発生後に生死を分けるのは、災害情報の適切な収集と伝達です。どこにいれば安全か、どこに行ってはいけないのか。災害や安全に関する情報を迅速かつ適切に従業員に伝えることが生死を分けるポイントになります。災害情報の収集・伝達方法や具体的な指揮命令系統を平時から整えておく必要があります。
では、具体的に企業の防災対策のどこをチェックすればよいでしょうか。例えば東京都・東京消防庁はオフィスの防災対策についてチェックポイントを公開しています。こうした基本的な対策をチェックするのが最初のステップです。オフィス器具の転倒・落下でケガをしたら、誰もが「避難行動要支援者」になります。まず地震の揺れでケガをしないか、デスク周りなどを確認しましょう。
防災教育普及協会では、市区町村や都道府県にあるすべての事業所や学校、住民が参加して行う一斉防災訓練「シェイクアウト」を推奨しています。決められた日時に、みんなで一斉に地震の揺れから身を守る訓練を行うことがポイントです。シェイクアウトに併せて「動く」「落ちる」「飛ぶ」「倒れる」「割れる」の五つの地震に関する危険を確認するように促しています。これらも最初に確認すべきシンプルなチェックポイントと言えます。
リスクを可視化し、積み上げる
従業員の立場として、企業に防災対策の必要性や充実を訴えていくには、どうしたらよいでしょうか。まずリスクの可視化が必要です。前述のチェックポイントなどを確認しながら、具体的にどこにどんな危険があり、どんな対策が必要なのかを写真などを用いながら可視化していきます。
大切なのは、気付きを行動に結び付けることです。前述したように、気付いていながら、何も行動しない、対策を講じないことは、事態を悪化させる要因です。できる範囲で構わないので、一つひとつリスクを可視化して、つぶしていかなければいけません。
その際、資金や人員の都合で、限られた範囲での対応しかできない場合もあると思います。それでも、何もしないより、できる範囲で行動することが重要です。地震だけでなく、風水害等の他の災害に関しても、リスクを可視化し、対策の優先順位を考える必要があります。
意識の向上にはフィードバックを
防災対策の課題としてよく挙げられるのが、当事者意識、危機意識の向上です。備品の用意やシステム構築は手段であり、目的ではありません。対策をつくるだけでは意味がありません。それが実際に生かされるように、従業員一人ひとりに当事者意識を持ってもらい、浸透させる必要があります。
よくある事例では、緊張感のない防災訓練になってしまうことがあります。その要因の一つはフィードバックがないことです。防災訓練の結果、見えてきた成果や課題をフィードバックすれば、参加する従業員の実感も変わってくるはずです。研修を担当したある企業では、防災訓練の内容をホームページで公開したり、「シェイクアウト」に関するリーフレットを従業員に配布してチェックポイントを確認したりしています。
訓練前にあらかじめ従業員から懸念点などをヒアリングしておいて、それを訓練後にフィードバックするような工夫があってもいいでしょう。冒頭でも述べたように「風通し良く、防災に関する疑問や意見が伝えられる(フィードバックされる)環境」は、当事者意識の向上につながるのではないでしょうか。
大切な人やものを守るために
災害に向き合う心構えとして、皆さんによく伝えているのが「プロアクティブの原則」です。米国の危機管理原則として知られ、国内でも自治体の防災研修等でも見聞きするようになりました。
三つの原則があり、一つ目が「疑わしい時は行動せよ」、二つ目が「最悪事態を想定して行動せよ」、三つ目が「空振りは許されるが、見逃しは許されない」です。重要なのは行動する(対策を講じる)ことであり、「危ないな」「心配だな」という気付きを見逃さないことです。
もう一つ「災害時に一番起きてほしくないことは何ですか」という質問もしています。決して楽しいことではありませんが、自分や会社にとって最悪の事態を想像し、そこから対策を始めるのが第一歩です。
防災対策とはすなわち「(自分・自社にとって)大切な何かを守る行動」なのです。被災地で被災された方やご遺族の方からは「まさかこんなことで別れることになるとは思ってもいなかった」という言葉を聞きます。災害はいつ、どこで起きてもおかしくありません。常に自分にとって大切な人やものが何であるのかを意識し、忘れないでください。あなたにとって誰が、何が大切なのかを教えてくれる人はいません。一人ひとりが自らの心に問い掛けるしかないのです。そこから減災や防災の意識が芽生えるはずです。